「心臓病の原因は、脂肪の摂りすぎ」——長いあいだ、私たちはそう教わってきました。では、砂糖はどうだったのでしょうか。
実は、その「脂肪が犯人」という見方が広まる裏で、砂糖業界が資金を出した研究が大きな役割を果たしていた可能性があります。今回は、栄養学の歴史でもっとも有名な利益相反(りえきそうはん)のケースを取り上げます。これは「研究の数字」そのものより、「誰がその研究にお金を出したのか」を考えることの大切さを教えてくれる物語です。
クリスティン・カーンズらが2016年に医学誌JAMA内科学(JAMA Internal Medicine)に発表した歴史分析「砂糖業界と冠動脈疾患研究」。砂糖業界の研究団体シュガー・リサーチ・ファウンデーション(SRF)の内部文書をもとに、1960〜70年代に業界が研究へどう関与したかを明らかにしました。
1950年代——「砂糖が心臓に悪いかも」という芽
話は1950年代にさかのぼります。この頃すでに、砂糖(ショ糖)の摂りすぎが心臓病のリスクになるかもしれないという研究の芽が出はじめていました。「脂肪犯人説」と「砂糖犯人説」、二つの仮説が並び立っていた時代です。
どちらが正しいかは、本来であれば中立的な研究の積み重ねで決まるはずでした。ところが、ここに「お金の力」が関わってきます。
「プロジェクト226」——業界が動いた
カーンズらが掘り起こした内部文書によると、砂糖業界の研究団体SRFは1965年、ある文献レビュー(複数の研究をまとめて結論を出す論文)の作成を後押しします。これが通称「プロジェクト226」です。
このレビューは1967年、世界でもっとも権威ある医学誌のひとつニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン(NEJM)に、「食事中の脂肪・炭水化物と動脈硬化性疾患」という2部構成の論文として掲載されました。
内部文書から見えてきたのは、次のような関与です。
- SRFがレビューの目的(結論の方向性)を設定していた
- SRFが掲載してほしい論文を提供していた
- SRFが下書きの段階で原稿を受け取っていた
そして論文の結論は、「コレステロールを減らし、飽和脂肪を多価不飽和脂肪に置き換えることだけが心臓病を防ぐ」という、脂肪・コレステロールに焦点を当てたものでした。一方で、砂糖が心臓病に関わるという証拠は小さく見せられていたとされます。
いくら支払われ、何が隠されたのか
内部文書によると、SRFはプロジェクト226に対し合計6,500ドル(2016年の価値でおよそ48,900ドル)を、ハーバード大学の研究者に支払ったとされます。
そして決定的なのは——この資金提供と業界の関与は、論文に開示されていませんでした。当時のNEJMは利益相反の開示を義務づけておらず(義務化は1984年)、読者は「砂糖を売る側がこの論文に関わっていた」ことを知るすべがなかったのです。
関わった研究者として、当時ハーバード大学にいたD・マーク・ヘグステッド、ロバート・マクガンディ、そして栄養学部長で監督役だったフレデリック・ステアの名が挙がっています。ヘグステッドはのちにアメリカの食事ガイドライン策定にも関わった、影響力の大きな人物でした。
なぜこれが「利益相反」の象徴なのか
利益相反とは、研究の中立性が、お金などの利害によってゆがめられかねない状態のことです。今回のケースは、まさにその教科書的な例として知られています。
資金の出どころが「砂糖を売る側」にあり、しかもテーマ設定や原稿確認にまで業界が関わっていた。それでいてその事実が開示されないまま、権威ある医学誌に載った——だからこそ、2016年にこの内部文書が公表されたとき、世界中で大きく報じられたのです。
大切なのは、研究者個人を一方的に断罪することではありません。当時は開示ルールが未整備だった、という時代背景もあります。私たちが学ぶべきは、「誰がお金を出したか」を確認できる仕組み(開示)こそが、健全な科学を支えるという教訓です。
「砂糖か脂肪か」という問いの落とし穴
この物語には、もうひとつ大事な視点があります。それは「砂糖か、脂肪か」という二者択一そのものが、必ずしも科学的に正しい問いではなかったかもしれない、ということです。
特定の栄養素を「悪玉」に仕立てると、話は分かりやすくなります。けれど現実の食事はもっと複雑で、全体のバランスと食べ過ぎこそが鍵だと、現在では考えられています。脂肪も砂糖も、極端に摂れば問題になりますが、どちらか一方だけを「犯人」にする発想は、ときに別の何か(あるいは誰か)にとって都合がよいだけ——そんな見方もできるのです。
まとめ:数字より先に「お金の流れ」を見る
今回のポイントを整理します。
- 1967年にNEJMに載った「脂肪犯人説」の論文は、砂糖業界(SRF)が資金提供し、内容にも関与していた
- 支払われたのは合計6,500ドル(現在価値で約4.9万ドル)。当時は開示義務がなく、利益相反は隠れていた
- 2016年、内部文書からこれを明らかにしたのがカーンズらの分析(JAMA内科学)
- 教訓は「砂糖は無罪」でも「脂肪が悪い」でもなく、研究の資金源(利益相反)を確認することの大切さ
健康情報があふれる今、私たちにできるのは、センセーショナルな結論に飛びつく前に、ひと呼吸おいて「誰がこの研究にお金を出したのか」を考えること。それが、半世紀前の教訓を活かす一番の方法です。田園生活では、こうした視点を大切に、これからも研究を「数字」と「背景」の両面からお伝えしていきます。
※本記事は、砂糖業界の利益相反を扱った歴史分析(Kearnsら, JAMA Internal Medicine, 2016)を一般向けに要約・解説したものです。歴史的経緯の解釈には諸説があり、関わった研究者個人を断罪する意図はありません。本記事は特定の食品の摂取を推奨・否定するものではなく、医師・専門家による診断・治療に代わるものでもありません。食事や持病に関する判断は、医療機関にご相談ください。