この記事の要点
- 2025年(令和7年)6月1日から、職場の熱中症対策が労働安全衛生規則で事業者の義務になりました(令和7年厚生労働省令第57号・2025年4月15日公布)
- 対象はWBGT28度以上または気温31度以上の場所で、継続して1時間以上、または1日あたり4時間を超えて行われることが見込まれる作業です
- 義務の中身は①発見・報告体制の整備 ②悪化防止措置の手順の作成 ③作業者への周知の3つ。難しい設備投資ではなく「体制と手順を決めて伝える」ことが求められています
- 違反には6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科されうるうえ、法人にも罰金が科される両罰規定があります
- 背景には、令和6年の熱中症による休業4日以上の死傷災害1,195人という調査開始以来最多の数字があります
毎年夏になると「熱中症に気をつけましょう」という呼びかけが繰り返されます。ただ2025年6月からは、少なくとも職場については、それが呼びかけではなく法令上の義務に変わりました。
「義務化された」という話は報道でも流れましたが、では具体的にどの作業が対象で、何をすれば義務を果たしたことになるのかは、意外と整理されていません。省令の条文と厚生労働省の施行通達にあたって、実務的な線引きを確認します。働く人にとっては「自分の職場は対象なのか」を判断する材料になり、家族が屋外作業に従事している人にとっても知っておく価値があります。
📄 裏どりの概要
労働安全衛生規則の一部を改正する省令(令和7年厚生労働省令第57号)の条文と、厚生労働省の施行通達「労働安全衛生規則の一部を改正する省令の施行等について」(基発0520第6号・令和7年5月20日)を確認しました。あわせて、罰則の適用関係について都道府県労働局が公表しているQ&A、および令和6年の職場における熱中症の発生状況の統計を参照しています。
2025年6月1日から「義務」になった
まず日付の整理です。今回の改正は令和7年厚生労働省令第57号として2025年4月15日に公布され、2025年6月1日に施行されました。
注意したいのは、この改正には経過措置がないことです。前回この連載で取り上げた食品表示基準の改正が2028年・2030年という長い経過措置を置いているのとは対照的で、こちらは施行日からいきなり全面適用されています。つまり2025年の夏、そして2026年の今シーズンは、すでに義務の対象期間の中にあります。
新設されたのは労働安全衛生規則の第612条の2という条文です。もともと労働安全衛生規則には作業環境や休憩設備に関する規定がありましたが、熱中症そのものを正面から扱う条文はありませんでした。今回はじめて独立した条文が置かれた形です。
対象になる作業の線引き──2つの条件を両方満たすか
義務がかかるかどうかは、場所の条件と作業時間の条件の両方で決まります。
| 条件 | 内容 |
|---|---|
| 場所の条件 | WBGT(暑さ指数)28度以上、または気温31度以上の作業場所 |
| 作業時間の条件 | 継続して1時間以上、または1日あたり4時間を超えて行われることが見込まれる作業 |
それぞれの条件の中は「または」でつながっているので、WBGTを測っていなくても気温31度以上なら対象になります。「うちはWBGT計を持っていないから関係ない」という理屈は成り立ちません。
作業時間についても「または」なので、1回1回は短くても合計で1日4時間を超えれば対象です。逆に、1日の合計は短くても一度に1時間以上続けるなら対象になります。
そして条文が「行われる作業」ではなく「行われることが見込まれる作業」と書いている点が実務上は重要です。実際に何時間かかったかを事後に集計するのではなく、作業の前にあらかじめ見込みで判断するということです。施行通達では、定期的に繰り返す作業だけでなく非定常作業や臨時の作業も含まれることが示されています。
屋内・屋外の区別もありません。厨房や倉庫のような屋内の暑熱環境も、条件を満たせば対象です。さらに施行通達では、事業場の外の出張先や移動中も対象になりうるとされています。
何をすれば義務を果たしたことになるのか──3つの中身
「義務化」と聞くと大がかりな設備投資を思い浮かべるかもしれませんが、第612条の2が求めているのはそうではありません。求められているのは次の3つです。
| 義務 | 内容 |
|---|---|
| ① 報告体制の整備 | 熱中症の自覚症状がある作業者や、それを見つけた人が誰にどう報告するかを決めておく |
| ② 手順の作成 | 報告を受けたあとの作業からの離脱・身体の冷却・医療機関への搬送など、悪化を防ぐ措置の内容と手順をあらかじめ定めておく |
| ③ 周知 | ①と②を作業に従事する人に知らせておく |
条文の構造として、第1項(体制の整備)には「作業場ごとに」という限定がありませんが、第2項(手順の作成)には「作業場ごとに」が入っています。手順のほうは現場ごとの実情に合わせて作る必要がある、という趣旨です。
いつまでにやればよいかというと、その作業を開始する前までです。ただし連続して同じ作業を行う場合、日ごとに毎回やり直す必要はないとされています。
「周知」は口頭でもよく、記録の保存は求められていない
3つ目の「周知」について、方法が厳格に決められていると誤解されやすいのですが、施行通達の整理はもっと現実的です。
周知の方法は、掲示、書面の配布、メールでの送信のほか、朝礼などでの口頭による伝達も原則として認められます。作業者が内容を理解できる形で伝わっていればよい、という考え方です。
そして重要なのは、法令上、記録の作成・保存は義務づけられていないという点です。「証拠を残さないと違反になる」という話ではありません。もちろん実務としては手順書を文書化しておくほうが引き継ぎや教育の面で扱いやすいのですが、それは法令の要求とは別の話です。
この区別は大切です。義務の範囲を実際より広く思い込むと「うちには無理だ」と身構えてしまい、かえって何もしないまま夏を迎えることになりかねません。求められているのは、誰に言えばいいかと言われた側は何をするかを決めて伝えることです。
複数の会社が入り混じる現場では、全社に義務がかかる
建設現場のように、元請けと下請けなど複数の事業者の労働者が同じ場所で働くケースがあります。この場合の扱いについて、施行通達は明確です。
体制の整備や手順の作成が行われていない場合、当該作業場に関わる全ての事業者に同条違反が生ずるとされています。
つまり「元請けがやってくれているはず」では免責されません。元方事業者も関係請負人も、それぞれが義務の主体になります。実務としては現場全体で共通の体制・手順を用意し、それを各社が自社の作業者に周知するという形になります。
また、保護の対象は自社の労働者だけではありません。同一の場所で作業している労働者以外の人についても配慮が求められています。
罰則──「懲役」ではなく「拘禁刑」
第612条の2は労働安全衛生法第22条第2号にもとづく省令なので、違反すると同法第119条第1号により6か月以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科されうる位置づけです。
ここは表記に注意が必要です。以前は「6月以下の懲役」と書かれていましたが、2025年6月1日から刑法の懲役・禁錮が「拘禁刑」に一本化されたため、現在の正しい表記は拘禁刑です。奇しくもこの熱中症対策の施行日と同じ日に切り替わっています。古い解説記事が「懲役」と書いていても、それは改正前の表現です。
さらに労働安全衛生法第122条には両罰規定があり、違反行為をした人だけでなく法人にも罰金刑が科されます。加えて同法第98条第1項により、労働基準監督署長が作業の停止を命じることも可能です。
もっとも、いきなり刑事罰が飛んでくるという話ではなく、通常は指導・是正勧告が先に来ます。ただ「努力義務だから守らなくても何も起きない」という性格のものではない、という点は押さえておくべきです。
なぜ今このタイミングだったのか──1,195人という数字
この改正の背景にあるのは統計です。厚生労働省の集計によれば、令和6年(2024年)の職場における熱中症による休業4日以上の死傷災害は1,195人で、これは調査開始以来最も多い数字でした。
死亡災害も3年連続で30人以上が続いており、これは業務上の死亡災害全体のおよそ4%にあたります。しかも熱中症による死亡は、初期症状の放置や発見の遅れが重症化につながった事例が多いことが指摘されてきました。
今回の義務の中身が「体制の整備」「手順の作成」「周知」という、いわば発見と初動に集中しているのは、この分析を踏まえたものと読めます。暑さそのものをなくすことはできなくても、気づいた人がすぐ言える状態と言われた側がすぐ動ける状態をつくることで防げる死亡事例がある、という設計です。
義務と「望ましい」の混同に注意
この改正の解説では、義務ではない推奨事項が義務のように紹介されていることがあります。施行通達で「望ましい」とされているのは、たとえば次のようなものです。
- 対象条件を満たさない作業についても、これに準じた対応をとること
- 夏季に入る前に余裕をもって体制・手順を整備しておくこと
- 休憩設備の温度・湿度を下げるための設備を設けること(労働安全衛生規則第614条の関係)
いずれも取り組む価値のある内容ですが、法的な位置づけは義務とは異なります。何が義務で何が推奨かを区別しておかないと、対応の優先順位を誤ります。まず確実に押さえるべきは第612条の2の3点です。
働く側として知っておきたいこと
最後に、事業者ではなく働く側の視点で整理します。
今回の改正でいちばん実感しやすい変化は、「体調が悪い」と言い出すことが制度上の想定に組み込まれたことです。従来、暑さでの不調の申告は個人の判断に委ねられ、言いづらさが放置されがちでした。今は事業者側に「報告を受ける体制をつくり、それを伝えておく」義務があります。
ですから、夏に暑い場所で1時間以上続けて働く職場にいるなら、「具合が悪くなったら誰に言えばいいのか」を知らされているかを確認してみる価値があります。知らされていなければ、それ自体が義務の未履行を示している可能性があります。
体調不良を感じたときに我慢しないこと、そして周囲の人の異変に気づいたら声をかけることは、いまや個人の心がけであると同時に、職場が備えているはずの仕組みを実際に動かす行為でもあります。なお具体的な症状や体調の判断については自己判断で済ませず、必要に応じて医療機関に相談してください。