研究ノート · ベンチプレス

ベンチプレスの手幅は狙う筋肉で選ぶべきか──日本の3大学が14人の筋電図とバーの横方向の力を測った

公開日: 2026-08-18 · 約10分で読めます

ヒロ

執筆・編集:ヒロ

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この記事の要点

  • 「ワイドグリップは大胸筋、ナローグリップは上腕三頭筋」という定説を、日本の3大学の研究チームが筋電図で検証しました。手幅による筋活動比の差はほとんどありませんでした。
  • 代わりに見つかったのは別のことです。ベンチプレスのバーには真上ではない方向の力がかかっていました。ワイドグリップでは垂直方向の力の約3割にあたる外向きの力、ナローグリップでは約1〜2割の内向きの力。14人全員が例外なくそうでした。
  • 論文の結論は「手幅は狙う筋肉で選ぶのではなく、安全性・目的・動作の特異性で選ぶほうがよい」というものです。
  • ただし対象は熟練者7人・未経験者7人の計14人、全員男性、単回測定。長期の筋肥大は測られていません。

前回は、スロートレーニング(筋発揮張力維持法・LST)を体系化した石井直方氏らの研究を読みました。今回は、その一連の論文で筆頭著者を務めてきた谷本道哉氏の研究を取り上げます。

谷本氏は近畿大学を経て順天堂大学に籍を置く研究者で、スロートレーニングの実証研究を担ってきた人物です。その谷本氏が筆頭著者として2023年に発表したのが、今回読むベンチプレスの手幅に関する論文です。トレーニングの現場で最も広く信じられている経験則のひとつを、実測で検証しにいった研究になります。

読む一次資料

項目内容
論文Tanimoto M, Arakawa H, Sato M, Nagano A.
“Lateral Force and EMG Activity in Wide- and Narrow-Grip Bench Press in Various Conditions.”
Sports (Basel) 2023;11(8):156
所属機関順天堂大学大学院スポーツ健康科学研究科/国際武道大学体育学部/立命館大学スポーツ健康科学研究科
倫理承認近畿大学倫理委員会(R2-2-003、2020年9月11日承認)
対象健康な成人男性14人(レジスタンストレーニング熟練者7人・未経験者7人)
入手性オープンアクセス・全文無料
利益相反「なし」と記載

今回は全文が公開されているため、本文の表から数値を直接拾えます。前回のスロートレーニングの記事では中心となる論文が有料で抄録しか読めませんでしたが、今回は違います。

参加者

熟練者(n=7)未経験者(n=7)
年齢24.6 ± 6.5歳23.4 ± 5.1歳
身長171.2 ± 5.8 cm174.1 ± 6.5 cm
体重69.8 ± 4.3 kg66.2 ± 10.3 kg
トレーニング歴7.3 ± 5.3年

整形外科疾患などで治療を受けている人は除外され、参加者は大学構内の掲示で募集されました。

測定の方法

設計として丁寧なのは、疲労した状態を分けて見ている点です。「最初は効いている気がしないが、後半になると効いてくる」という現場の感覚を検証できる形になっています。

結果① 同じ10RMでも、扱える重量は大きく違った

ワイド(81cm)ナロー(40cm)統計
熟練者の10RM81.3 ± 11.0 kg65.9 ± 10.7 kgp<0.01、d=1.39
未経験者の10RM39.2 ± 5.2 kg37.5 ± 5.2 kgp<0.05、d=0.33

熟練者ではワイドグリップのほうが約15kg(およそ23%)重い重量を扱えました。一方、未経験者では差がわずか1.7kgです。効果量(Cohen's d)で見ると1.39と0.33で、開きの大きさがまるで違います。

ここが最初の読みどころです。手幅の違いによる「重量が伸びる」という利点は、トレーニングを積んだ人ほど大きく出ている可能性があります。なお、実際に行えた回数はどちらの手幅でも約10回で、両群とも有意差はありませんでした(10RMの設定が適切だったことの確認になります)。

結果② バーは真上に押されていなかった

この研究で最も意外なのがここです。バーにかかる力の横方向成分を、垂直方向の力に対する割合として測っています。プラスが外向き(押し広げる方向)、マイナスが内向き(締め付ける方向)です。

ワイド・挙上ワイド・下降ナロー・挙上ナロー・下降
熟練者+28.8 ± 16.3%+27.0 ± 11.6%−17.3 ± 9.5%−10.7 ± 10.7%
未経験者+38.4 ± 9.6%+34.2 ± 6.9%−14.1 ± 11.0%−12.1 ± 6.2%

ワイドグリップでは、垂直方向にかけている力の3割前後にあたる大きさで、バーを外側へ押し広げる力がかかっていました。ナローグリップでは逆に、1〜2割の内側へ締め付ける力がかかっています。

そして重要なのは次の一文です。論文は、ワイドで外向き・ナローで内向きという方向が、14人全員に例外なく当てはまったと記しています。個人差ではなく、手幅で決まる構造的な現象だということです。すべての条件でワイドとナローのあいだに有意差がありました。

これは何を意味するか。80kgのバーベルをワイドグリップで挙げているとき、上向きの力とは別に、20kg分を超える大きさの「外へ押し広げる力」を手のひらとバーの摩擦で受け止めている、ということになります。滑り止めが利かない状態では、この力を出しきれません。論文自身も結論部で「十分な横方向の力成分を発揮するために、バーの摩擦力を高めることが重要である」と述べています。

なお下降局面では、熟練者のナローグリップと未経験者のワイドグリップにおいて、横方向の力の絶対値が挙上局面より有意に小さくなっていました(いずれもp<0.01)。下ろすときのほうが、力の向きは真下に近いということです。

結果③ 筋電図では、定説どおりの差が出なかった

本題です。「ワイドは大胸筋、ナローは上腕三頭筋」が正しければ、手幅を変えると大胸筋と上腕三頭筋の活動比(PM/TB)が大きく動くはずです。熟練者の全レップ平均を見ます。

熟練者・全レップ平均ワイドナロー効果量 d
大胸筋(PM)0.67 ± 0.320.62 ± 0.260.20
上腕三頭筋(TB)0.70 ± 0.340.67 ± 0.230.11
活動比 PM/TB1.11 ± 0.551.01 ± 0.450.20

大胸筋も上腕三頭筋も、手幅を変えてもほとんど動いていません。活動比は1.11から1.01へ、効果量0.20(一般に「弱い」と解釈される水準)です。

抄録の表現はこうです。「筋電図の大胸筋/上腕三頭筋の比は、評価したすべての条件において、ナローグリップとワイドグリップのあいだに有意差を示さなかった。ただし未経験者の疲労時のエキセントリック局面を除く」

つまり、14人・2つの手幅・挙上と下降・疲労の前後という組み合わせの中で、統計的な差が出たのはたった1つの条件だけでした。それは未経験者が疲れてきた場面の、バーを下ろす局面です(p<0.05、d=0.93)。

結果④ 熟練者と未経験者で、そもそも様子が違った

手幅の話とは別に、表を並べると見えてくることがあります。全レップ平均の活動比です。

活動比 PM/TB(全レップ平均)ワイドナロー
熟練者1.11 ± 0.551.01 ± 0.45
未経験者0.57 ± 0.070.50 ± 0.11

熟練者では大胸筋と上腕三頭筋がほぼ同程度に働いています(比が約1.0)。ところが未経験者では比が0.5前後、上腕三頭筋のほうが大胸筋の約2倍の水準で活動していました。実数を見ると、未経験者の大胸筋は0.47、上腕三頭筋は0.81です。

「ベンチプレスをやっても胸に来ない、腕ばかり疲れる」という初心者の実感が、筋電図の数字としては同じ方向を向いている、という読み方はできます。ただし注意が必要です。これは手幅の効果ではありませんし、群間比較として設計された研究でもありません。熟練者と未経験者は別々に募集された7人ずつであり、統計的な群間検定も行われていません。あくまで表を並べたときに目につく差です。

論文自身の結論

結論部を読みます。

ベンチプレスにおいてバーを押す力には横方向の成分があり、手幅による肩の水平内転筋群と肘伸展筋群の貢献度の差は、熟練者・未経験者のいずれにおいても小さい。ベンチプレスで手幅を選ぶ際には、狙う筋肉に注目するよりも、安全性、筋肥大・筋力強化、動作の特異性といった他の目的に注目するほうが有効だろう。

「狙う筋肉で手幅を決めるという考え方は、この測定からは支持されなかった。別の基準で選んだほうがいい」という提案です。

加えて論文は、この知見がベンチプレスに限らず、オーバーヘッドプレスやラットプルダウンなど「バーに横方向の内力がかかり得る」他の種目にも当てはまる可能性に触れています。

この研究が言えないこと

1. 筋肥大は測られていない

最も重要な限界です。この研究は1回の測定セッションであり、何週間かトレーニングを続けた結果として筋肉がどう変わるかは調べていません。筋電図の活動が同じだからといって、長期的な筋肥大が同じになるとは限りません。「ワイドとナローで胸の育ち方は変わらない」とは、この研究からは言えません。

2. 規模が小さく、全員が男性

熟練者7人・未経験者7人の計14人です。女性は含まれていません。また熟練者のトレーニング歴は7.3 ± 5.3年とばらつきが大きく、2年の人と12年の人が同じ群に入っている計算になります。

3. ナローグリップのバーが太かった

論文自身が挙げている限界です。測定機器を内蔵していた関係で、ナローグリップ条件で握る部分の直径が50mmありました。通常のバーベルは28mmです。論文は「握る部分の直径の違いが結果に影響した可能性がある」と明記しています。太いバーは握力の要求が変わるため、これは小さくない留保です。

4. 筋電図そのものの限界

これも論文が自ら述べています。最後の2回の筋電図はそれまでの疲労の蓄積の影響を受けること、筋電図の信号は筋の短縮の程度や皮下での筋の移動の影響を受けるため値を追いにくいこと。筋電図は「その筋がどれだけ働いたか」の完全な指標ではありません。

5. 測ったのは2つの筋肉だけ

大胸筋と上腕三頭筋のみです。ベンチプレスに関与する三角筋前部、広背筋、前鋸筋などは測られていません。手幅を変えたときに、測っていない筋肉で何かが変わっていた可能性は残ります。

6. 資金源の記載について

細かい点ですが、一次資料を読んだので記しておきます。論文の資金提供に関する記載は「日本学術振興会(JSPS)科研費 課題番号 JP12345678、および順天堂大学スポーツ健康科学部共同研究プログラム」となっています。この課題番号は連番の見本のような形をしており、実際の課題番号が記入されないまま公開されたものと思われます。利益相反は「なし」と記載されています。研究の中身を疑う理由にはなりませんが、確認できなかった点として書き添えます。

実践の視点から

筆者はトレーニング歴約40年の実践者ですが、公的な資格は保有していません。以下は資料を読んだうえでの整理であり、指導ではありません。

まとめ

「ワイドグリップは大胸筋、ナローグリップは上腕三頭筋」——広く共有されているこの経験則を、日本の3大学の研究チームが14人の筋電図とバーにかかる力で検証しました。結果として、手幅による大胸筋と上腕三頭筋の活動比の差はほとんど検出されませんでした。

代わりに明らかになったのは、ベンチプレスのバーが真上に押されてはいないという事実です。ワイドでは外向きに約3割、ナローでは内向きに1〜2割。14人全員が例外なくそうでした。

ただしこれは14人・単回測定の研究であり、長期的な筋肥大は測られていません。定説を否定しきる力は持っていません。それでも、「なぜその手幅なのか」を自分の言葉で説明できるようになるための材料としては、十分に読む価値のある一本だと思います。

よくある質問

結局、ベンチプレスの手幅は広いのと狭いのとどちらがよいのですか?

この研究はどちらがよいかを決める設計ではありません。分かったのは、大胸筋と上腕三頭筋の活動比が手幅でほとんど変わらなかったということです。論文は「手幅を選ぶ際には狙う筋肉に注目するよりも、安全性、筋肥大・筋力強化、動作の特異性といった他の目的に注目するほうが有効だろう」と結論しています。なお熟練者ではワイドグリップのほうが約23%重い10RMを扱えていました。

ナローグリップでも上腕三頭筋に効かないということですか?

そうは言えません。この研究が示したのは、上腕三頭筋の活動が手幅によってほとんど変わらなかった(熟練者の全レップ平均でワイド0.70、ナロー0.67)ということであり、上腕三頭筋が働いていないという意味ではありません。むしろ両方の手幅で大胸筋と同程度に活動していました。また筋電図の活動量と長期的な筋肥大は別の話で、この研究は筋肥大を測っていません。

バーを外側に押すというのはどういうことですか?

バーにかかる力を垂直方向と横方向に分解すると、ワイドグリップでは垂直方向の力の28.8〜38.4%にあたる外向きの力が、ナローグリップでは10.7〜17.3%の内向きの力がかかっていました。この横向きの力は手のひらとバーの摩擦で支えられています。論文は「十分な横方向の力成分を発揮するためにバーの摩擦力を高めることが重要」と述べています。この方向はワイドで外向き、ナローで内向きと、14人全員に例外なく当てはまりました。

初心者は胸より腕に来やすいというのは本当ですか?

この研究の表を並べると、未経験者の大胸筋/上腕三頭筋の活動比は0.50〜0.57で、上腕三頭筋のほうが約2倍の水準で活動していました。熟練者では約1.0でほぼ同等です。ただしこれは手幅の効果ではなく、熟練者と未経験者を比較する設計でもありません。統計的な群間検定も行われていないため、表を並べたときに目につく差にとどまります。

この研究の一番大きな弱点は何ですか?

筋肥大を測っていないことです。1回の測定セッションのみで、数週間から数か月トレーニングを続けたときに筋肉がどう変わるかは調べられていません。筋電図の活動が同じでも長期的な筋肥大が同じとは限りません。加えて対象が男性14人のみであること、ナローグリップ条件で握る部分の直径が50mm(通常のバーは28mm)と太かったことを論文自身が限界として挙げています。

谷本道哉氏はどのような研究者ですか?

スロートレーニング(筋発揮張力維持法・LST)の実証研究を担ってきた研究者で、石井直方氏らとの一連の論文で筆頭著者を務めています。近畿大学生物理工学部を経て、現在は順天堂大学に籍を置いています。この論文の倫理承認が近畿大学で取得されているのは、実験が行われた時期の所属によるものです。

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