この記事の要点
- 精神科医のジョージア・エデ氏(米国・独立系)を含む10人の国際研究チームが2026年に発表した総説「The ketogenic diet is not for everyone(ケトジェニックダイエットは万人向けではない)」を一次資料で読みます。
- 絶対にやってはいけない人は、先天性の脂肪代謝異常症など、ごく稀な病気を持つ人に限られます。
- 一方、「特に注意が必要な人」の範囲はかなり広いです。糖尿病の薬・血圧の薬・気分安定薬(リチウム)・利尿薬などを服用中の人、妊娠中や授乳中の人、胆石がある人、激しい運動をする人などが該当します。
- 副作用(いわゆる「ケトフル」)は開始後数日に多く、2〜4週間で治まることが多いとされますが、3つの調査を比べると報告された頻度にはかなりの幅がありました。
糖質制限やケトジェニックダイエットは、糖尿病や肥満の改善に関する研究が積み重なる一方、「体質や持病によっては向かない人がいる」という話も見聞きします。今回読むのは、まさにその「向かない人・注意が必要な人」を正面から整理した総説です。以前この田園生活で紹介した日本人を対象にした糖質制限の一次資料5本とは違う角度から、糖質制限そのものの安全性を掘り下げます。
読む一次資料
| 資料 | 形式 | 著者・所属 | 入手性 |
|---|---|---|---|
| Dyńka D, Rodzeń Ł, Rodzeń M, Łojko D, Karakuła-Juchnowicz H, Ede G, Grzywacz Ż, Antosik K, Sethi S, Unwin D. Ann Med 2026;58(1):2603016. doi:10.1080/07853890.2025.2603016 |
ナラティブレビュー(系統的レビューではない総説) | ポーランド・米国・英国の研究者10人 責任著者(corresponding author)=Damian Dyńka(ポーランド・シェドルツェ大学) |
全文無料(PMC12777878) |
全文が無料で読めるため、以下の数値・記述はすべて論文本文(Discussion・Table 1・Table 2)から確認したものです。
この総説はどんな研究か
まず押さえておきたいのは、これは新しい実験やデータ収集を行った研究ではなく、既存の文献を専門家が選んで整理した「ナラティブレビュー」だという点です。論文自身が方法の章で明記しているとおり、対象とした証拠(診療ガイドライン・機序研究・総説・症例報告・観察研究・専門家の推奨など)の性質がバラバラなため、系統的レビューのような定型的な統合手法は使わなかったとしています。
検索はPubMedとGoogle Scholarで行い、「ケトジェニックダイエット」「ケトーシス」といった広い語に加え、「絶対禁忌」「相対禁忌」「薬物相互作用」「副作用」などの安全性関連語を組み合わせました。個々の論文で特定の禁忌(急性膵炎・原発性カルニチン欠乏症・胆石症・SGLT2阻害薬など)が見つかるたびに、その病名・薬剤名を使った追加検索を行い、対象を広げていったと書かれています。
結果① 絶対にやってはいけない人(ごく稀な先天性代謝異常症)
論文がまず整理しているのは「絶対禁忌」、つまり原則としてケトジェニックダイエットを行うべきではない人です。ここに含まれるのは、いずれも生まれつきの脂肪代謝の異常で、多くは乳幼児期に診断される非常に稀な病気です。
| 病名 | 頻度(論文記載) | 理由 |
|---|---|---|
| ピルビン酸カルボキシラーゼ欠損症 | 25万人に1人 | 糖新生ができないため、糖質を絶つと代謝性アシドーシスが悪化する |
| 原発性カルニチン欠乏症など脂肪酸のβ酸化異常症 | 原発性カルニチン欠乏症は10万人に1人 | 脂肪を主なエネルギー源にする代謝経路そのものが働かない |
| ポルフィリン症 | (頻度の記載なし) | 糖質制限で症状が誘発・悪化しうる |
いずれも一般的な健康診断で見つかるような病気ではなく、多くは乳幼児期に診断がついています。したがって、成人が「自分は絶対禁忌に該当するかもしれない」と日常的に心配する必要がある病気ではありません。論文もこれらを「稀だが重要」と位置づけています。
結果② 特に注意が必要な人(薬を服用中の人・持病がある人・ライフステージ)
この総説の核心は、むしろここからの「相対禁忌」と「特に注意が必要な状況」です。絶対禁忌と違い、こちらは「やってはいけない」のではなく「医師の管理のもとで慎重に行うべき」という位置づけで、該当しうる人の範囲はかなり広くなります。
薬を服用中の人
| 服用中の薬 | 論文が指摘するリスク |
|---|---|
| インスリン・SU薬(スルホニル尿素系)などの糖尿病治療薬 | 糖質制限自体の血糖降下作用が強いため、薬の量を減らさないと低血糖を起こしうる |
| SGLT2阻害薬 | 糖質制限との併用で、血糖値が正常でもケトアシドーシスを起こす「正常血糖ケトアシドーシス」の症例報告あり。米臨床内分泌学会は開始前の中止を提案 |
| 降圧薬 | 糖質制限自体に血圧を下げる作用があるため、薬を減らさないと低血圧を起こしうる |
| リチウム(気分安定薬) | 糖質制限で体からナトリウムと水分が失われやすくなるが、リチウムは腎臓でナトリウムと似た扱いを受けるため血中濃度が変動しうる。治療域が狭い薬なのでモニタリングが必要 |
| 利尿薬 | 糖質制限の開始初期はもともと水分・電解質が失われやすく、利尿薬と作用が重なる |
| 抗てんかん薬(トピラマート・ゾニサミドなど) | 代謝性アシドーシスのリスクが高まりうる。バルプロ酸・カルバマゼピン・ラモトリギンなどは血中濃度が下がる報告があり、クロバザムは42%低下したという報告もある |
| スタチン・一部の抗うつ薬・抗精神病薬など「脂溶性の薬」 | 高脂肪食との相性で吸収が高まり、血中濃度が上がる可能性 |
いずれも「だから糖質制限をしてはいけない」という話ではなく、薬の量を医師の管理のもとで調整する必要があるという趣旨です。実際、論文自身が2型糖尿病について「糖質制限で薬を減量・中止でき、寛解に至った例もある」と紹介しており、糖尿病治療薬を服用していること自体はむしろ糖質制限が有効な場面として扱われています。
持病がある人
- 急性膵炎:発症中は高脂肪食が膵臓に負担をかけるため禁忌。ただし治まった後や慢性膵炎では選択肢になりうるとしています。
- 進行した慢性腎臓病(ステージG3b〜G5):データ不足のため予防的に注意が必要。一方で軽度の腎機能低下(ステージ1〜3a)ではむしろ有益な報告があるとしています。
- 家族性高コレステロール血症:糖質制限で痩せ型の人はLDLコレステロールがかえって上がることがある(いわゆる「痩せ型高反応者」現象)ため、影響が読みにくいとしています。
- 胆石がある人・胆嚢摘出後の人:脂肪の多い食事は胆嚢の収縮を強めるため、既存の胆石が胆管に移動して痛みを起こすリスクがあるとしています。胆嚢摘出後は可能だが、脂肪を少しずつ増やす・中鎖脂肪酸(MCT)を活用するなどの工夫が必要としています。
- 不整脈がある人:糖質制限の開始初期に電解質(ナトリウム・カリウム・マグネシウム)が失われやすく、不整脈が悪化しうる。
ライフステージ・生活状況
- 妊娠中・授乳中:安全性を確立するにはデータがまだ不十分としつつ、適切に組んだ糖質制限は安全である可能性を示唆する症例報告を紹介しています。ただし「妊娠中に新しく始める」のは適応期間のストレスが重なるため避け、妊娠前から移行しておく方が安全だとしています。
- 低体重の人:糖質制限には食欲を抑える作用があるため、体重を増やしたい人には不向きな場合があるとしています(一方で神経性やせ症の治療への応用可能性にも触れていますが、これは専門的な医療管理下の話です)。
- 激しい運動をする人:低〜中強度の持久運動には向く一方、高強度運動への効果は研究者の間でも意見が割れているとしています。適応には最低4週間が必要という指摘もあり、運動中の水分・電解質の喪失にも注意が必要としています。田園生活で以前紹介した福岡大学のラット実験とあわせて読むと、糖質制限と筋肉・運動能力の関係は一筋縄ではいかないことが分かります。
- 強いストレスの時期・術後の回復期:糖質制限への適応そのものが体にとってのストレスであるため、心理的・身体的に負荷が大きい時期に新しく始めるのは避けたほうがよいとしています。
結果③ 副作用の実データ(3つの調査を比べる)
いわゆる「ケトフル」と呼ばれる初期の不調について、論文は複数の調査結果を紹介しています。調査の方法によって数字にかなりの幅があります。
| 調査 | 対象 | 主な報告 |
|---|---|---|
| 後ろ向き観察研究 | 糖質制限を行った226人 | めまい(軽度39.8%・中等度27.4%・重度11.5%)、多尿72.1%、倦怠感69.7%、吐き気(軽度29.2%・中等度16.4%・重度5.8%)。ただし90.3%が糖質制限に満足し、81.9%が他人に勧めると回答 |
| オンラインフォーラムの投稿分析 | 利用者300人 | 風邪のような症状44.6%、頭痛24.8%、倦怠感17.8%、吐き気15.8%、めまい14.9%、頭がぼんやりする10.9%など。症状のピークは開始1週目で、4週間後には減少 |
| 国際専門家調査 | 神経疾患の成人患者2,000人以上を診療する20施設 | 便秘・体重減少・脂質異常・こむら返り・(妊娠可能年齢の女性の)月経不順・吐き気・嘔吐の順に多い |
ただし論文自身が、後の2つの調査には限界があると明記しています。オンラインフォーラムの分析は「主観的な意見の分析であり、科学的な価値は限定的」、専門家調査は「主に神経疾患の患者を対象にしており、一般人口にそのまま当てはめられない」としています。体重減少は一般の人にとっては目的(利益)ですが、神経疾患の治療という文脈では副作用として扱われている点も、数字を読むときの注意点です。
2025年に発表された系統的レビュー(89の研究を対象)では、成人でよく見られる症状として便秘(1〜68%)・吐き気(8〜16%)・嘔吐(1%)・下痢(2〜23%)・倦怠感(18〜25%)などが挙げられており、多くは開始後2〜4週間で治まるとしています。
この研究が言えないこと
1. ナラティブレビューであり、系統的レビューではない
論文自身が「限界」の章で明記しているとおり、文献の選定は定められた手順に従ったものではなく、著者の判断による部分があります。系統的レビューに比べて選択バイアスが入り込みやすい手法です。
2. 資金提供者と著者2人が同じ財団の共同創設者
論文の資金提供はポーランドのRodzen Brothers Foundationからで、著者10人のうちŁukasz RodzeńとMateusz Rodzeńの2人がこの財団の共同創設者であると開示されています。開示されていること自体は健全な手続きですが、事実として記しておきます。
3. 副作用データの3調査はいずれも代表性に限界がある
226人の後ろ向き研究は単一施設の可能性があり、300人のオンラインフォーラム分析は論文自身が「科学的価値は限定的」と述べ、専門家調査は神経疾患の患者が対象です。一般的な健康増進・減量目的で糖質制限を行う人に、そのまま数字を当てはめることはできません。
4. 日本人集団のデータではない
著者はポーランド・米国・英国の研究者で、引用されている個別の研究の対象者も欧米が中心です。体格・食習慣・薬の処方状況が異なる日本人にそのまま当てはまるとは限りません。
5. 引用された証拠の質が一律ではない
ランダム化比較試験もあれば、症例報告1〜2件だけを根拠にしている項目もあります(プロポフォールの相互作用は、致死的な合併症を起こした10歳の男児の症例報告1件が根拠の一つです)。すべての項目が同じ強さの証拠に支えられているわけではありません。
6. 「相対禁忌」は将来変わりうる、予防的な位置づけ
論文は相対禁忌について「研究や臨床経験が不足しているため、安全側に倒して慎重に扱っている」項目が多いと明記しています。今後研究が進めば、注意の程度が変わる可能性があります。
7. 薬物相互作用のリストは代表例であり網羅的ではない
論文自身が「取り上げた薬剤の種類・作用機序は非常に多く、以下は起こりうる相互作用のすべてではない」と明記しています。ここに載っていない薬を服用中でも、影響がないとは限りません。
8. Georgia Ede氏は大学に所属しない独立系の精神科医
著者の一人であるジョージア・エデ氏の所属は、論文中で「独立研究者」とのみ記載されています。大学の研究者としての肩書きは持っていません。
実践の視点から
筆者はトレーニング歴約40年の実践者ですが、公的な資格は保有していません。以下は資料を読んだうえでの整理であり、指導ではありません。
- この総説を読んで印象的だったのは、「絶対にやってはいけない人」はごく少数の稀な病気に限られる一方、「特に注意が必要な人」の対象は薬の服用歴・持病・ライフステージまで含めるとかなり広いという構成です。糖質制限を検討する際に、まず自分がどちらの立場にいるかを確認する価値はありそうです。
- とくに、糖尿病や高血圧の薬をすでに服用している人が自己判断で急に糖質を減らすと、薬が効きすぎて低血糖・低血圧を起こしうるという点は、実践者としても見落としがちな注意点だと感じました。薬の調整は医師の管理下で行うべき話です。
- 筋トレを行う立場からは、「激しい運動」の項目が目を引きました。低〜中強度の運動には向くとされる一方、高強度のトレーニングへの効果は研究者の間でも意見が割れており、適応には数週間かかるとされています。糖質制限と筋トレを同時に始めるより、どちらか一方に体を慣らしてから組み合わせるほうが、体への負担は小さいのかもしれません。
- この総説はあくまで文献の整理であり、個々の病状や服薬内容によって判断は変わります。持病がある人・薬を服用中の人が糖質制限を検討する場合は、この記事の内容を出発点に、主治医に相談することをお勧めします。
まとめ
ジョージア・エデ氏らの研究チームが2026年に発表した総説「ケトジェニックダイエットは万人向けではない」を読みました。絶対にやってはいけない人はごく稀な先天性代謝異常症に限られますが、糖尿病薬・降圧薬・リチウム・利尿薬・抗てんかん薬などを服用中の人、妊娠中や授乳中の人、胆石がある人、激しい運動をする人など「特に注意が必要な人」の範囲は広いことが整理されていました。副作用(ケトフル)は開始後数日に集中し多くは2〜4週間で治まるとされますが、調査によって報告された頻度にはかなりの幅がありました。
この総説はナラティブレビューであり選択バイアスの可能性がある点、資金提供財団と著者2人の関係、そして日本人のデータではない点は差し引いて読む必要がありますが、「向いている・向いていない」を一律に語るのではなく、条件ごとに整理して示している点は、実践者として参考になる内容でした。
出典(一次資料)
- Dyńka D, Rodzeń Ł, Rodzeń M, Łojko D, Karakuła-Juchnowicz H, Ede G, Grzywacz Ż, Antosik K, Sethi S, Unwin D. "The ketogenic diet is not for everyone: contraindications, side effects, and drug interactions." Ann Med 2026;58(1):2603016. doi:10.1080/07853890.2025.2603016(全文無料)PMC12777878
※本記事はナラティブレビュー(系統的レビューではない総説)1本を一次資料として読んだものです。資金提供元はRodzen Brothers Foundation(ポーランド)で、著者のうち2人(Ł. Rodzeń・M. Rodzeń)が同財団の共同創設者であることが論文中に開示されています。