この記事の要点
- 2024年、米国の整形外科医Vonda J. Wright医師らが総説で、閉経移行期に起こる関節痛・筋肉量低下・骨密度低下などをまとめて呼ぶ新しい用語「閉経の筋骨格症候群(musculoskeletal syndrome of menopause)」を提案しました。
- 別の学会発表(2025年8月・国際スポーツ栄養学会誌の抄録集、査読前の速報)では、「閉経後」と自認する筋トレをしている女性943人にアンケートを取ったところ、514人(54.5%)が現在ホルモン補充療法(HRT=エストロゲンや黄体ホルモンを補う治療)を使っていると回答しました。
- この54.5%という数字は、調査が背景として引用した米国一般女性のHRT使用率(2020年時点で4.7%、1999年は26.9%)と比べるとかなり高く見えますが、調査方法も対象もまったく別であり単純比較はできません。
- 総説・調査ともに公開されている情報は限られています(総説は非OAで抄録のみ・調査は査読前の学会抄録のみ)。本記事では確認できた範囲だけを整理します。
「更年期」と聞くとほてり・発汗といった血管運動神経症状がまず思い浮かびますが、閉経移行期にはそれと並行して関節の痛みや筋肉・骨の変化も起きています。この関節・筋肉・骨のまとまりに、2024年に初めて公式な呼び名がついたことをご存じでしょうか。今回はその総説と、筋トレをしている閉経後女性を対象にした最新のアンケート調査(速報)を一次資料で読みます。
📄 読む一次資料(2本)
| 論文 | 種類 | 誌・年 | OA |
|---|---|---|---|
| ① Wright VJ, Schwartzman JD, Itinoche R, Wittstein J. "The musculoskeletal syndrome of menopause." Climacteric. 2024;27(5):466-472. doi:10.1080/13697137.2024.2380363(PMID 39077777) | 総説(レビュー) | Climacteric・2024 | 非OA |
| ② Holtje J, Oelmann A, Silva Ramirez V, et al. "A survey of hormone replacement therapy use among resistance-trained women across states of menopause transition – a preliminary analysis." J Int Soc Sports Nutr. 2025;22(Suppl 2):2550214. doi:10.1080/15502783.2025.2550214(PMC12381972) | 学会抄録(速報・査読前) | J Int Soc Sports Nutr・2025 | OA |
①は非OAで、本記事で確認できたのは公表されている抄録の範囲。②はCC BYのオープンアクセスで抄録全文を確認済み。ただし②自体が国際スポーツ栄養学会の年次大会の抄録集(proceedings)であり、詳しい方法・結果を記した査読済みの本論文はまだ確認できていない。
設計 ①「閉経の筋骨格症候群」を提案した総説とは
①の著者4名は、米国セントラルフロリダ大学医学部の整形外科医であるWright医師・Schwartzman医師・Itinoche医師と、デューク大学医学部のWittstein医師です。この論文は新しい実験や調査を行ったものではなく、既存の疫学データ・臨床知見をまとめて、新しい呼称を提案する総説(レビュー)です。
著者らは、エストロゲンの減少に伴って起こる関節痛・筋肉量の低下・骨密度の低下・変形性関節症の進行などが、これまで個別バラバラに語られてきたために「閉経が原因である」という全体像が見えにくかったと指摘し、これらをまとめて呼ぶ用語として「閉経の筋骨格症候群(musculoskeletal syndrome of menopause)」を提案しました。
総説が示した規模感の数字
| 指標 | 数値 |
|---|---|
| 世界で年間、閉経移行期に入る人数 | 4,700万人以上 |
| 筋骨格系の症状を経験する人の割合 | 70%超 |
| 症状により生活に支障をきたす(disabled)人の割合 | 25% |
総説の抄録に記載された数字。これらの数字がどの個別研究に基づくものかは、今回確認できた抄録の範囲では特定できていない(本文・参考文献リストは非OAのため未確認)。
症状として挙げられているのは、関節痛(arthralgia)・筋肉量の低下・骨密度の低下・変形性関節症(OA)の進行などです。総説の結論は「臨床医と患者双方が、この用語と一連の筋骨格系プロセスを認識し、適切なリスク評価と予防的な管理につなげるべき」というもので、具体的な治療法の推奨や新しい治療データは含まれていません。
設計 ② 筋トレをしている閉経後女性へのホルモン補充療法アンケート
②は南フロリダ大学Performance & Physique Enhancement Lab(責任著者はBill Campbell氏)などのチームが実施した、132問からなる大規模なオンラインアンケート「female fitness menopause survey」の一部です。Wright医師も共著者に名を連ねています。
調査はQualtricsというソフトウェアを使い、オンラインのプラットフォーム(著者らの記載では主にソーシャルメディア経由)を通じて配信され、任意参加で回答者を募りました。今回、学会の抄録として公開されているのは、132問のうち「現在HRTを使っていますか?」という1問(回答は「はい」「いいえ」「回答しない」の3択)への回答を集計した、著者ら自身が「予備的(preliminary)」と位置づける記述的な分析だけです。
抄録の背景(Background)では「筋トレをしている女性のHRT使用に関する研究は乏しい」と指摘したうえで、この調査の目的を「閉経後の筋トレをしている女性のHRT使用状況を調べること」としています。
結果 943人中514人(54.5%)がHRT使用中と回答
合計943人が「閉経後(post-menopausal)」を自認して回答し、そのうち514人(全回答者の55%、正確には54.5%)が「現在HRTを使用している」と回答しました。
調査の回答(②の抄録より)
| 項目 | 数値 |
|---|---|
| 「閉経後」と自認した回答者数 | 943人 |
| うち「現在HRTを使用中」と回答した人数 | 514人(54.5%) |
| 比較対象:米国一般閉経後女性のHRT使用率(1999年) | 26.9% |
| 比較対象:米国一般閉経後女性のHRT使用率(2020年) | 4.7% |
「いいえ」「回答しない」の内訳の人数は抄録に明記されていない。比較対象の26.9%/4.7%は②の抄録が背景として引用した数字で、出典となる個別文献名は抄録内に示されていない。
著者らの結論は、「自認する閉経後の筋トレ女性という集団の中では、これまで報告されてきたよりもずっと高い割合でHRTが使われている可能性がある」というものです。同時に、著者ら自身がこの調査の限界として、SNS経由の配信による選択バイアスを明記しています。
この研究が言えないこと
- 総説は一次データを持たない:70%超・25%・4,700万人という数字は、総説が引用した先行研究の孫引きです。今回確認できたのは総説の抄録止まりで、これらの数字の原典となった個別研究までは遡れていません。
- 調査は学会の抄録(proceedings)であり、査読を経た本論文ではありません。回答者の年齢分布・人種・国籍・居住地・除外基準といった方法の詳細は、今回参照できた抄録の範囲には記載がありません。
- 回答者はSNS等オンラインで任意募集された自己選択のサンプルです。無作為抽出ではなく、健康意識やホルモン補充療法への関心が高い人ほど回答しやすいという偏りが考えられます。著者ら自身もこの点を限界として明記しています。
- 「現在HRTを使っているか」という1問への自己申告のみで、使用期間・種類(エストロゲン単独か黄体ホルモン併用か)・用量・処方経路の裏付けはありません。
- 比較に使われた米国一般女性の4.7%/26.9%という数字は、今回の調査と同じ年・同じ集団で測定されたものではありません。別の文献からの引用であり、「筋トレをする女性は一般より使用率が高い」と断定できる比較設計にはなっていません。
- 対象は北米中心と推定されますが、人種・国籍のデータは示されておらず、日本人集団のデータではありません。日本ではHRTへのアクセスのしやすさ・処方の考え方・閉経に対する文化的な捉え方がアメリカと異なります。
- 「閉経の筋骨格症候群」という用語自体、2024年に提案されたばかりの新しい概念です。医学的に広く確立された診断基準ではなく、今後の議論や検証を経て定着するかどうかは未知数です。
- HRTの適否・リスクとベネフィットは個人の病歴(乳がん・血栓症の既往など)によって大きく異なります。この記事の内容は特定の治療を推奨するものではなく、医学的助言でもありません。
実践の視点から
筆者はトレーニング歴約40年の実践者ですが、公的な資格は保有していません。以下は資料を読んだうえでの整理であり、指導ではありません。
この2本を並べて読むと、「更年期の症状」というと血管運動神経症状(ほてり・発汗)ばかりが語られがちな中で、関節・筋肉・骨に起きている変化にも名前がついたという点が最も注目に値します。トレーニングをしている読者にとっては、閉経移行期に感じる関節の違和感や筋力の停滞が、単なる「トレーニングの停滞」ではなく、ホルモン環境の変化によるものである可能性を知っておくことには意味があるでしょう。
一方で、54.5%という数字だけを見て「筋トレをすればHRTを使う人が増える」あるいは「筋トレする人はHRTを使うのが当たり前」と読むのは誤りです。この調査はあくまで「すでに筋トレをしていて、かつSNSで健康関連のアンケートに任意で回答した人」という特殊な集団の中での自己申告の割合であり、因果関係にも一般的な普及率にも言及できる設計ではありません。
HRTを使うかどうかは、婦人科医など専門医と個々の病歴・リスクを踏まえて相談すべき医療上の判断です。運動そのものについては、筋力トレーニングが骨密度や筋量の維持に役立つという知見は他の複数の研究で示されており(閉経後の骨密度と荷重運動|介入研究が言えることを参照)、HRTの使用有無にかかわらず取り組む価値のある習慣だと言えます。
まとめ
Wright医師ら(セントラルフロリダ大学医学部・デューク大学医学部)の総説と、南フロリダ大学のチーム(Wright医師も共著)による学会抄録の2本を読みました。
- 2024年、閉経移行期の関節痛・筋肉量低下・骨密度低下などをまとめて呼ぶ新用語「閉経の筋骨格症候群」が総説で提案された。世界で年間4,700万人以上が閉経移行期に入り、70%超が筋骨格症状を経験、25%が生活に支障という規模感が示されている。
- 2025年の学会抄録(速報)では、「閉経後」を自認する筋トレをしている女性943人のうち514人(54.5%)が現在HRTを使用中と回答。ただし比較対象の米国一般女性の使用率(4.7%)とは調査方法も対象も異なり、単純比較はできない。
- 総説は一次データを持たず、調査は査読前の学会抄録にとどまる。回答者の属性の詳細・使用期間・種類は不明で、SNS経由の任意参加による選択バイアスの可能性が高い。
この2本は、いずれも「確定的な結論」ではなく「今後の研究の入り口」として読むのが適切です。閉経期の筋骨格系の変化に名前がついたこと、そして筋トレをしている女性の中でHRTがどのくらい使われているかという素朴な疑問に、まだ粗い解像度ではありますが最初のデータが出始めている、という段階として捉えるのがよいでしょう。
※本記事は公表されている研究情報を、健康情報リテラシーの観点から中立的に紹介するものです。HRTの使用を推奨または否定するものではなく、医学的助言でもありません。ホルモン補充療法についての判断は、必ず婦人科医など専門医にご相談ください。