この記事の要点
- 「1セットと3セット、どちらが筋肉は増えるか」を、同じ人の右腕と左腕に別々のプロトコルを割り当てて比べた日本の研究があります。遺伝や生活習慣の個人差を丸ごと消せる設計です。
- 12週間後、上腕の筋横断面積は1セットで+8.0%、3セットで+13.3%。3セットのほうが有意に大きく増えました。
- ところが筋力の伸びには有意差がありませんでした(+20.4% vs +31.7%、p=0.076)。「サイズは差がついたが、力は統計的に差と言えなかった」という結果です。
- 著者は3セットを推奨しつつ、「1セットの軽い日を組み込むべき」とも書いています。対象は座位中心で運動習慣のない日本人若年男性8人のみです。
トレーニングの現場で最も繰り返されてきた問いのひとつが「何セットやればいいのか」です。1セットで十分だという主張も、3セット以上必要だという主張も、どちらも長く存在してきました。
この問いが決着しにくい理由ははっきりしています。人によって筋肉のつきやすさが違いすぎるからです。1セット群と3セット群に分けて比べても、たまたま反応の良い人がどちらかに偏れば結果は動きます。
今回読む研究は、この問題を巧妙な設計で回避しています。同じ人の両腕を使うのです。
読む一次資料
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 論文 | Sooneste H, Tanimoto M, Kakigi R, Saga N, Katamoto S. “Effects of training volume on strength and hypertrophy in young men.” J Strength Cond Res 2013;27(1):8-13 |
| 対象 | 座位中心で運動習慣のない日本人若年男性8人 (25.0 ± 2.1歳、体重64.2 ± 7.9kg、身長171.7 ± 5.1cm) |
| 設計 | 同一被験者の左右の腕にそれぞれ1セット/3セットをランダム割付 |
| 入手性 | 有料(抄録のみ) |
この論文は有料で、公開されているのは抄録だけです。以下の数値はすべて抄録に記載されている範囲であり、それ以上の詳細(脱落者の有無、食事管理の内容など)は確認できません。その前提でお読みください。
なお共著者の谷本道哉氏は、スロートレーニング(筋発揮張力維持法)の実証研究を担ってきた研究者です。前回のベンチプレスの手幅の記事でも同氏の研究を扱いました。
設計──なぜ「同じ人の両腕」なのか
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 種目 | 座位ダンベルプリーチャーカール(上腕の屈曲) |
| 負荷 | 全セット80%1RM(両腕とも同じ強度) |
| 頻度・期間 | 週2回・12週間連続 |
| 片方の腕 | 1セット |
| もう片方の腕 | 3セット |
| 割付 | どちらの腕がどちらになるかはランダム |
論文は設計の意図を明確に書いています。「遺伝的な差異やその他の個人差の影響を排除するため」に、同一被験者の両腕をクロスオーバーのような形で用いた、と。
この設計の利点は大きいものです。同じ人なのですから、遺伝も、年齢も、睡眠も、ストレスも、食事も、ホルモン環境も、すべて共通です。違うのはその腕が何セット行ったかだけになります。8人という少ない人数でも、比較の精度は上がります。
結果① 筋肉のサイズには差がついた
| 1セット | 3セット | 統計 | |
|---|---|---|---|
| 筋横断面積の増加 | +8.0 ± 3.7% | +13.3 ± 3.6% | p<0.05(有意差あり) |
12週間で、1セットの腕も+8.0%増えています。1セットでも筋肉は増えた、というのがまず読み取れることです。「1セットでは意味がない」という話ではありません。
そのうえで、3セットの腕は+13.3%と、およそ1.7倍の増加を示しました。この差は統計的に有意でした。
標準偏差にも注目してください。1セットが±3.7%、3セットが±3.6%と、どちらも比較的小さい値です。同じ人の中での比較なので、ばらつきが抑えられていることが数字にも表れています。
結果② 筋力の差は「統計的に差と言えなかった」
| 1セット | 3セット | 統計 | |
|---|---|---|---|
| 筋力の増加 | +20.4 ± 21.6% | +31.7 ± 22.0% | p=0.076(有意差なし) |
ここが読みどころです。平均値だけを見れば3セットのほうが11ポイント高く、抄録も「3セットのほうが大きい傾向にあった」と書いています。しかしp=0.076で、一般的に用いられる基準(p<0.05)を満たしていません。
そして標準偏差を見てください。±21.6%と±22.0%です。平均値とほぼ同じ大きさのばらつきがあります。筋力が5%しか伸びなかった腕も、50%伸びた腕も、同じ群の中にあった計算になります。
筋肉のサイズは±3.7%と綺麗に揃ったのに、筋力は±22%とばらついた。この対比自体が興味深いところです。筋力の伸びは、筋肉が太くなること以外の要素(神経系の適応、動作の習熟など)に強く左右されるため、と一般に説明されます。
「有意差なし」は「差がない」ではありません。p=0.076は「差がないことが証明された」という意味ではなく、「この人数・このばらつきでは差があるとは言い切れなかった」という意味です。n=8という規模では、本当に差があっても検出できないことがあります。逆に「3セットのほうが筋力も伸びる」と断定する根拠にもなりません。どちらにも振れない、というのが正確な読み方です。
著者自身の結論
抄録の結論部はこうなっています。
この結果に基づき、著者らは座位中心で運動習慣のない人に3セットを推奨する。ただしこの集団は、オーバートレーニングを防ぎ継続を確実にするため、1セットの軽いトレーニング日をプログラムに組み込むべきである。
単純な「3セットのほうが良い」で終わっていないのが誠実なところです。継続できなければ意味がないという視点が入っています。運動習慣のない人がいきなり毎回3セットを全力で続ければ、疲労が抜けず、そのうちやめてしまう。だから軽い日を混ぜよ、という提案です。
そして最後に、こう釘を刺しています。「この知見は座位中心で運動習慣のない若年男性の集団に関するものであり、本研究の文脈の中で解釈されなければならない」。
この研究が言えないこと
1. 規模が極端に小さい
8人です。両腕を使う設計によって比較の精度は上がっていますが、8人という母数が変わるわけではありません。この8人がたまたまそういう反応をした、という可能性は残ります。
2. 左右の腕は本当に独立しているのか
これはこの設計に固有の弱点です。片方の腕だけを鍛えると、鍛えていない側の筋力も上がることが知られています(交差教育効果と呼ばれます)。1セットの腕は、3セットの腕のトレーニングから何らかの影響を受けていた可能性があります。もしそうなら、1セットの成績は本来より高く出ていることになり、両者の差は過小評価されているかもしれません。抄録にはこの点への言及がありません。
3. 上腕の1種目のみ
ダンベルプリーチャーカールだけです。上腕二頭筋は比較的小さな筋群で、単関節種目です。スクワットやデッドリフトのような大きな多関節種目で同じ関係が成り立つかは、この研究からは分かりません。
4. 未経験者のデータである
対象は運動習慣のない人です。トレーニング経験を積んだ人では、1セットの効果はもっと小さくなる可能性も、逆に必要セット数がもっと増える可能性もあります。どちらも検証されていません。
5. 「3セットが上限」とは言っていない
比べたのは1セットと3セットの2条件だけです。5セットや10セットがどうなるかは調べていません。「多いほど良い」という結論にはなりません。
6. 女性は含まれていない/期間は12週間のみ
男性8人のみです。また12週間を超えて続けたときに差が広がるのか縮まるのかも分かりません。
実践の視点から
筆者はトレーニング歴約40年の実践者ですが、公的な資格は保有していません。以下は資料を読んだうえでの整理であり、指導ではありません。
- 1セットでも増えていた(+8.0%)。時間が取れない日に1セットだけやることは、ゼロと同じではありません。この研究の中で最も励みになる数字かもしれません。
- サイズを狙うなら3セットに分がある。同一人物内での比較で有意差が出たという設計の強さは、n=8という弱さをある程度補っています。
- 筋力については何も断定できない。平均は3セットが上ですが、ばらつきが大きすぎて統計的な差になりませんでした。
- 著者は「軽い日」を勧めている。毎回3セットを全力で、ではなく、1セットの日を混ぜて継続を優先する。これは論文が明示的に書いている提案です。
まとめ
同じ人の右腕と左腕に1セットと3セットを割り当て、12週間続けた日本の研究です。筋横断面積は+8.0%対+13.3%で3セットが有意に上回り、筋力は+20.4%対+31.7%で有意差には至りませんでした。
8人・上腕1種目・未経験者・男性のみという狭い条件の研究です。ここから「3セットが正解」を導くのは行き過ぎでしょう。それでも、個人差を消すという一点に的を絞った設計は美しく、「1セットでも増える」「サイズには差がつく」「力の伸びは人によって大きく違う」という3つの読み取りは、十分に持ち帰る価値があると思います。