この記事の要点
- 国立長寿医療研究センターが2025年5月に「中高年のサルコペニアだけでなく軽度認知障害(MCI)の早期判別における筋質評価・Phase Angle(フェーズアングル)の有用性を証明」と発表しました。京都府の健診センターで一般健診を受けた40歳以上263名(男性163名・女性100名)のデータです。
- Phase Angle(PhA、位相角)は、体組成計でおなじみの生体インピーダンス法から計算される数値です。筋肉の「量」ではなく「質」を映すとされています。
- 一次資料を追うと、263名全体の解析では、性別と年齢を揃えた時点で5つの指標すべてが有意でなくなっていました。プレスリリースの図1に載っているのは、そのあとに行われた女性100名だけのサブグループ解析です。
- その女性100名(うちMCIと判定された人は26名)では、年齢を調整してもPhAだけが残りました(オッズ比0.28、95%信頼区間0.10〜0.78)。ただし信頼区間の幅が広く、標本の小ささを反映しています。
- 横断研究=ある一時点のスナップショットです。論文自身が限界の一番目に「縦断ではなく横断であり、観察された関係は因果とは判定できない」と書いています。
- 調整されたのは性別と年齢だけでした。論文の表1には学歴・BMI・高血圧・糖尿病・喫煙のデータが並んでいますが、回帰モデルには入っていません。
裏どりに使った資料
プレスリリース「中高年のサルコペニアだけでなく軽度認知障害(MCI)の早期判別における筋質評価・Phase Angle(フェーズアングル)の有用性を証明」(2025年5月26日公開・文書の日付は5月12日)と、その配布PDF、そして元になった論文を確認しました。論文はオープンアクセスで全文が読めます(Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle, 2025, doi:10.1002/jcsm.13820)。オッズ比はプレスリリースの図1、下位項目の相関係数は表1(いずれも本文中ではなく画像の中にあります)から読み取り、論文本文の記述と照合しました。
なぜこの研究を選んだか
この研究ノートでは、日本の研究機関が日本人を対象に行った研究を一次資料で読む、という方針をとっています。体格も食習慣も違う集団のデータを、そのまま自分に当てはめる前に一段階置きたいからです。
今回の研究を選んだ理由はもう一つあります。Phase Angleは、多くの人が年に一度は乗っている体組成計と同じ原理から出てくる数値だという点です。筋肉の話でありながら、握力や筋肉量とは違う切り口の指標が、認知機能とどう関係していたのか。手元の測定と地続きの話なので、読み方を知っておく価値があると考えました。
どんな研究か
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 研究名 | Elder-safe study(UMIN000048056)の横断解析 |
| 実施場所 | 武田病院健診センター(京都府) |
| 対象 | 一般健診を受診した40歳以上 263名(男性163名・女性100名) |
| 年齢(中央値) | 全体59歳[51〜69]/男性60歳[53〜70]/女性58歳[49〜68] |
| 65歳以上 | 男性58名(35.6%)・女性30名(30.0%) |
| 認知機能の評価 | MoCA-J(日本語版モントリオール認知評価)。26点未満をMCIと定義 |
| MCIと判定された人 | 82名(31.2%)=男性56名(34.4%)・女性26名(26.0%) |
| 比べた指標 | 筋量2つ(SMI、ASM/BMI)・筋力2つ(握力、握力/上肢筋量)・筋質1つ(PhA) |
| 掲載誌 | Journal of Cachexia, Sarcopenia and Muscle(2025年5月8日オンライン) |
研究グループは国立長寿医療研究センターのジェロサイエンス研究センターと、国立病院機構京都医療センター、同志社大学などの共同です。参加を申し出た267名のうち4名がデータ収集前に同意を撤回し、263名が解析対象になりました。欠測データはゼロだったと明記されています。
Phase Angleとは何か
体組成計は、体に微弱な電流を流したときの抵抗の大きさから、筋肉量や体脂肪率を推定しています。このとき測られているのは抵抗(レジスタンス)だけではありません。細胞膜がコンデンサのようにはたらくため、電流と電圧のあいだにわずかな位相のずれ(リアクタンス)が生じます。この二つの比を角度に直したものがPhase Angleです。
論文に記載されている計算式はこうです。
PhA(度)= −arctangent(リアクタンス ÷ レジスタンス)×(180 ÷ π)
細胞膜の状態が保たれているほど角度は大きくなる、という理屈から、筋肉の「量」ではなく「質」を映す指標として注目されている、というのがプレスリリースの説明です。
測定に使われたのはマルチ周波数のセグメンタル体組成計 MC-780A-N(タニタ)で、5kHz・50kHz・250kHzの3周波数のうち、下肢の50kHzの値からPhAを算出しています。この研究での実測値は次のとおりでした。
| 集団 | Phase Angle(度) |
|---|---|
| 全体(263名) | 5.2 ± 0.8 |
| 男性(163名) | 5.5 ± 0.7 |
| 女性(100名) | 4.7 ± 0.6 |
ここで一点、注意が必要です。使われたのは健診施設に置かれる業務用の機種です。家庭用の体組成計に同じ数値が表示されるとは限りませんし、機種が違えば同じ人でも出てくる角度は変わりえます。
結果①:全体の解析では、年齢を揃えた時点で何も残らなかった
まず263名全体で、5つの指標とMCIの関係をロジスティック回帰で調べています。論文はモデルを3段階に分けていました。
| モデル | MCIと有意に関連した指標 |
|---|---|
| 未調整 | PhAのみ(オッズ比0.68、p=0.031) |
| 性別を調整 | SMI(0.59、p=0.012)・握力(0.95、p=0.027)・PhA(0.50、p<0.001) |
| 性別と年齢を調整 | なし(5指標すべて有意でない) |
この3行目が、プレスリリースには書かれていない部分です。年齢という、認知機能にも筋肉にも強く効いてくる要因を揃えると、全体では関連が消えます。
これは研究の失敗ではありません。「筋肉の指標と認知機能が一緒に下がって見えるのは、両方が年齢とともに下がるからではないか」という当然の疑問に、研究者が正面から答えた結果です。ただ、発表の見出しだけを読んだ人がここを知らないままだと、受け取り方がかなり変わります。
結果②:女性100名のサブグループでだけ残った
次に、男女それぞれに分けた解析が行われています。
男性163名では、未調整でASM/BMI(0.77、p=0.041)と握力(0.95、p=0.038)が有意でしたが、年齢を調整するとどちらも有意でなくなりました。
女性100名では、未調整でSMI(0.89、p=0.047)とPhA(0.16、p<0.001)が有意で、年齢調整後もPhAだけが残りました。プレスリリースの図1は、この年齢調整後の女性のモデルです。
| 指標 | オッズ比(95%信頼区間) |
|---|---|
| SMI(筋量) | 1.0(0.9〜1.2) |
| ASM/BMI(筋量) | 1.2(0.8〜1.8) |
| 握力(筋力) | 1.1(0.9〜1.2) |
| 握力/上肢筋量(筋力) | 1.1(0.7〜1.8) |
| Phase Angle(筋質) | 0.3(0.1〜0.8) |
図では0.3(0.1〜0.8)と丸められていますが、論文本文の値は0.28(0.10〜0.78)、p=0.014です。信頼区間の下限0.10と上限0.78のあいだには8倍近い開きがあります。この幅の広さは、女性100名のうちMCIと判定されたのが26名だったという標本の小ささから来ています。
MoCA-Jの合計点との関係を線形回帰で見た解析も同じ形でした。全体では年齢と性別を調整すると関連が消え(β=0.06、p=0.451)、男性でも消え(β=−0.09、p=0.317)、女性だけが年齢調整後も残っています(β=0.27、95%信頼区間0.08〜0.44、p=0.005)。
結果③:オッズ比0.28は「1度あたり」の数字
「オッズ比0.28」という数字は小さく見えます。しかしこれが何を1単位とした値なのかを確認しておかないと、印象を取り違えます。
論文には単位の明記がありません。ただ、握力のオッズ比が0.95と1に近い値であることから、これは「握力1kgあたり」と読むのが自然です。同じ扱いなら、PhAのオッズ比も1度あたりということになります。
ここで先ほどの実測値を思い出してください。女性のPhAは4.7 ± 0.6度でした。つまり「1度の差」とは、この集団の標準偏差の1.5倍以上に相当する開きです。オッズ比0.28という数字の小ささは、関連の強さだけでなく、比べている幅の大きさも含んでいます。人と人のあいだの現実的な差に置き換えると、印象より穏やかな話になります。
結果④:認知機能のどの部分と関係していたか
PhAと、MoCA-Jの6つの下位項目との相関(スピアマンの順位相関)が表1に載っています。プレスリリース本文には数値がなく、画像の中にだけあります。
| 下位項目 | 男性 r(p) | 女性 r(p) |
|---|---|---|
| 記憶 | 0.24(0.002) | 0.22(0.031) |
| 言語 | 0.03(0.729) | 0.24(0.015) |
| 遂行機能 | 0.10(0.197) | 0.37(<0.001) |
| 注意 | 0.06(0.532) | 0.33(<0.001) |
| 視空間認知 | 0.05(0.493) | 0.06(0.542) |
| 見当識 | 0.06(0.480) | 0.01(0.904) |
男女に共通して有意だったのは「記憶」だけでした。認知機能の低下で早い段階に現れるとされる領域なので、そこと関連していたことがこの研究の主張の核になっています。
ただし相関係数の大きさも見ておく必要があります。記憶のrは男性0.24・女性0.22で、相関としては弱い部類です。最も大きかった女性の遂行機能でもr=0.37で、ばらつきの14%程度を説明する水準にとどまります。「関連がある」と「予測できる」のあいだには、まだかなりの距離があります。
この研究が言えないこと
- 因果関係は言えません。論文が限界の一番目に挙げているのがこれです。横断研究なので、筋質が落ちたから認知機能が落ちたのか、認知機能の低下が生活の変化を通じて筋質に表れたのか、あるいは両方の背後に別の要因があるのかを区別できません。
- 「筋質を上げれば認知機能が保たれる」とは言えません。何かをして角度を上げる、という介入は行われていません。
- 男性については、年齢を調整すると何も残っていません。相関分析で記憶との関連が出ているだけです。
- 調整されたのは性別と年齢だけです。論文の表1には学歴(12年以下が33.1%)・BMI・高血圧・糖尿病・脂質異常症・喫煙のデータが揃っていますが、回帰モデルには投入されていません。学歴はMoCAの得点に影響することが知られている要因です。
- 一般集団ではなく、1施設の健診受診者です。自分の意思で健診を受けに来た人たちで、論文自身も「無意識のバイアスを生んだ可能性がある」と書いています。
- 年齢層別の解析は行われていません。標本数が足りなかったためだと論文に明記されています。
- 標本サイズは事前に設計されていません。既存のコホートのデータベースを使った解析のため、必要数の事前計算はしていないと書かれています。
- MoCA-Jはスクリーニング検査であって、MCIの診断ではありません。この研究では26点未満をMCIとして扱っています。31.2%という高い割合は、この線引きによるものです。
もう一点、書き添えておきます。プレスリリースの見出しは「有用性を証明」ですが、論文の結論は「PhAは一般集団の女性における認知機能低下の、可能性のある新規指標である」という書き方です。対象を女性に限定した表現になっています。英語の原文でも potential という語が使われています。論文のほうが慎重で、より長い縦断研究が必要だと結んでいます。
資金と利益相反
資金の中心は日本学術振興会の科学研究費助成事業(基盤研究C・基盤研究B・挑戦的研究)です。ほかに公益財団法人喫煙科学研究財団、日本糖尿病学会、ノボ ノルディスク ファーマ株式会社、武田科学振興財団からの支援が記載されています。資金提供者は研究デザイン・データ収集と解析・公表の判断・原稿の作成のいずれにも関与していないと明記されており、著者らは利益相反なしと申告しています。
この点は、前回の研究ノートで扱ったタウリンの研究と対照的です。あちらは製品を販売する企業との共同研究で、社員が著者に含まれていました。どちらが良い悪いという話ではなく、誰がお金を出して誰が書いたのかは、結果を読む前に確認しておく情報だという意味で並べておきます。
トレーニングをしている人への読みどころ
この研究から実践に持ち帰れることは、そう多くありません。ただ、考え方として使える部分はあります。
一つは、筋肉の量と質は別々に動きうるという前提です。この研究でも、筋量の指標(SMI、ASM/BMI)と筋力の指標(握力)は、年齢を調整すると認知機能との関連が残りませんでした。残ったのは質の指標だけです。体重や筋肉量が変わらない時期に「何も進んでいない」と感じることがありますが、見ている指標が一つだけだと拾えないものがある、ということは頭に置いておいてよさそうです。
もう一つは、この研究は運動でPhAが動くかどうかを調べていないという点です。トレーニングがPhAを変えるかは、別の設計の研究が答える問いです。ここで示されたのは、ある一時点で両者に関係が見えた、というところまでです。
手元で確認できること
お使いの体組成計にPhaseAngle、位相角、あるいは「筋質点数」といった項目が表示される機種であれば、その数値を記録しておくことはできます。ただし、この研究から自分の値を評価する基準線が引けるわけではありません。263名という規模で、しかも1施設の健診受診者から得られた平均値です。
使うとすれば、他人や基準値と比べるためではなく、同じ機種・同じ条件で測った自分の数値を時間軸で並べるという使い方になります。生体インピーダンス法は水分量の影響を受けるので、測る時間帯や食事・入浴・運動の前後を揃えないと、変化ではなくノイズを見ることになります。
まとめ
- 国立長寿医療研究センターらが、健診受診者263名で筋肉の5指標と認知機能の関係を調べた横断研究です。
- 全体の解析では、性別と年齢を揃えると5指標すべてで関連が消えました。プレスリリースが図で示しているのは、その次に行われた女性100名だけのサブグループ解析です。
- 女性ではPhAだけが年齢調整後も残りました(オッズ比0.28、95%信頼区間0.10〜0.78)。ただし信頼区間は広く、調整されたのは年齢のみです。
- 男女に共通して相関が見られたのは、認知機能の下位項目のうち「記憶」だけでした。相関はr=0.22〜0.24と弱い部類です。
- 因果関係は言えず、介入もしていません。論文自身が、より大きな縦断研究が必要だと結んでいます。
研究として面白いのは、筋肉の「量」でも「力」でもない指標が残ったという点です。ただし現時点でそれは、次の研究に進む理由であって、生活を変える理由ではありません。この差を保ったまま読むのが、こうした発表との付き合い方だと考えています。
出典(一次資料)
- 国立長寿医療研究センター プレスリリース「中高年のサルコペニアだけでなく軽度認知障害(MCI)の早期判別における筋質評価・Phase Angle(フェーズアングル)の有用性を証明」(2025年5月26日) https://www.ncgg.go.jp/ri/report/20250527.html
- 同 配布PDF 250526_JCSM.pdf(オッズ比は図1、下位項目の相関は表1)
- Ikegami K, Kato H, Tanaka M, et al. Phase Angle Is a Potential Novel Early Marker for Sarcopenia and Cognitive Impairment in the General Population. J Cachexia Sarcopenia Muscle. 2025. doi:10.1002/jcsm.13820 全文(オープンアクセス)