この記事の要点
- 褐色脂肪組織(BAT)とは、首まわりや鎖骨の上あたりにある特殊な脂肪組織で、体を温めるために脂肪やブドウ糖を燃やして熱を作る働きを持ちます。BATの活動が高い人ほど肥満や血糖値の異常が少ないと報告されており、肥満予防の標的として注目されています。
- 継続的に運動をしている人はBATの指標が高いという観察データがあります(立命館大学、2015年)。水泳選手・トライアスロン選手は、運動習慣のない一般大学生より鎖骨上のBAT指標が有意に高い値を示しました。
- ただし実際に女性15人へ10週間の筋力トレーニングを行わせた実験(東京医科大学、2024年)では、BATの量そのものは筋トレ群と対照群で有意な差が出ませんでした。
- 筋肉量の増加とBATの変化には相関がある「傾向」が見られましたが、統計的に有意ではありませんでした。有意な相関が出たのは、熱を作る力そのものとBATの量との関係だけです。
- この2つの研究は、いずれも浜岡隆文先生(2015年の観察研究発表時:立命館大学スポーツ健康科学部教授/現在:東京医科大学健康増進スポーツ医学分野 主任教授)が関わった一連の研究です。
「筋トレをすると褐色脂肪が増えて痩せやすい体になる」という話を耳にしたことがあるかもしれません。褐色脂肪組織(Brown Adipose Tissue、以下BAT)は、脂肪を蓄える白色脂肪とは違い、脂肪やブドウ糖を燃やして熱を作る特殊な脂肪組織です。BATの活動が高い人ほど肥満や耐糖能異常(血糖値が下がりにくい状態)が少ないと報告されており、肥満対策の新しい標的として研究が進められています。
では、実際に筋力トレーニングをすることでBATは増えるのでしょうか。これを検証した日本の研究と、運動習慣とBATの関係を調べた日本の観察データを、一次資料で読みます。
読む一次資料
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 本体①(介入研究) | Naito T, Tanaka R, Kuroiwa M, Fuse-Hamaoka S, Kime R, Kurosawa Y, Hamaoka T. "Effect of Resistance Training on Skeletal Muscle Mass and Brown Adipose Tissue Activity." Adv Exp Med Biol. 2024;1463:335-340. |
| 実施機関① | 東京医科大学 健康増進スポーツ医学分野 |
| 入手性① | 非オープンアクセス。数値は要旨(アブストラクト)に定量的に明記されている範囲のみ使用 |
| 一次資料① | Europe PMC(EXT_ID: 39400844) |
| 本体②(観察研究) | 浜岡隆文、黒澤裕子、本間俊行、二連木晋輔(立命館大学)、斉藤昌之(北海道大学). 「褐色脂肪組織と運動習慣との関係および褐色脂肪組織増加のための栄養介入」 デサントスポーツ科学 Vol.36, 13-21(2015年) |
| 入手性② | J-STAGEで日本語全文が無料公開 |
| 一次資料② | J-STAGE(デサントスポーツ科学 36号) |
| 補助資料(総説) | 米代武司「褐色脂肪組織の熱産生とエネルギー代謝」体力科学 67(5):345-350(2018年)=BATの基礎知識の裏付けに使用。発表当時の所属はカリフォルニア大学サンフランシスコ校糖尿病センター |
| 一次資料(総説) | J-STAGE(体力科学 67巻5号) |
褐色脂肪組織とは何か
褐色脂肪組織は、もともと新生児や乳幼児に豊富に存在し、成人にはほとんど存在しないというのが以前の定説でした。しかし2009年前後、がんの画像診断に使うFDG-PET/CT(体内の糖代謝が活発な場所を可視化する検査)を使った研究により、健康な成人にも鎖骨の上あたりや背骨の脇にBATが存在することが確認されました。BATは寒さにさらされると活性化し、脂肪酸などを消費して熱を作ります(非ふるえ熱産生と呼ばれます)。BATの活動が高い人ほど内臓脂肪の面積や体脂肪率が低い傾向があることも分かってきました。
体力科学の総説(米代先生、2018年)は、動物実験では「筋活動に伴って上昇するマイオカイン(irisinなど)が、白色脂肪をBATに近い性質(ベージュ化)に変える可能性がある」という知見を紹介しています。ただしヒトでirisinが実際にBATを増やすかどうかは、この総説の時点でまだ検証されていないとも明記されています。運動とBATの関係は、理屈のうえでは筋が通っていても、ヒトでの実証はこれからの分野だったということです。
設計①──運動選手と一般大学生を比べた観察研究(立命館大学、2015年)
浜岡先生らのグループは、運動習慣の異なる3グループの大学生を対象に、鎖骨上窩(BATが存在する部位)の組織総ヘモグロビン濃度(T-Hb)を、近赤外時間分解分光法という非侵襲的な機器で測定しました。T-HbはBATの毛細血管密度を反映する指標として、先行研究でFDG-PET/CTによるBAT活性化の指標と相関(r=0.73, p<0.01)することが確認されています。
| グループ | 人数 | 体脂肪率 | 最大酸素摂取量 | T-Hb(BAT指標) |
|---|---|---|---|---|
| 一般大学生 | 7人 | 12.0±3.4% | 49.7±4.7 mL/kg/min | 86.6±19.5 μM |
| トライアスロン選手 | 8人 | 10.4±2.5%(p<0.05) | 58.8±3.6 mL/kg/min(p<0.05) | 111.0±24.9 μM(p<0.05) |
| 水泳選手 | 8人 | 13.1±4.3% | 55.0±4.7 mL/kg/min(p<0.05) | 117.9±25.9 μM(p<0.05) |
p値はいずれも一般大学生との比較。測定は冬季(BATが活性化しやすい季節)に実施。
トライアスロン選手・水泳選手ともに、一般大学生よりT-Hb値が有意に高いという結果でした。論文の考察では、水泳選手については「動物実験で報告されている水泳トレーニングによるBAT機能亢進」と一致する可能性、トライアスロン選手については冬場の屋外トレーニングによる寒冷刺激が有利に働いた可能性が挙げられています。また水泳選手が週2回・1回1時間程度の筋力トレーニングを行っていたことにも触れ、「筋力トレーニング的要素の影響も考えられる」と記述しています。
ただし論文自身が、この結果は横断研究(ある一時点での比較)であり、コントロールされたトレーニング実験ではないことを明記しています。「詳細な検討には、コントロールされたトレーニング実験を行うことが必須である」と結んでおり、次に読む2024年の介入研究は、まさにこの宿題に答えようとしたものと位置づけられます。
※同じ論文には、生姜科のスパイス由来成分グレインオブパラダイス(GP)を一般男子大学生18人に4週間投与した別の実験も含まれていますが、これは筋力トレーニングと無関係のサプリメント実験のため、本記事では扱いません(全体では有意差なし、介入前のBATが低い人ほど反応が大きい傾向のみ報告)。
設計②──女性15人に10週間の筋トレをさせた介入研究(東京医科大学、2024年)
この宿題に答える形で、浜岡先生のグループ(2015年の観察研究発表時は立命館大学、2024年のこの研究の発表時は東京医科大学健康増進スポーツ医学分野に異動)は、女性15人を対象に、実際に筋力トレーニングを行わせてBATがどう変化するかを調べました。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 女性15人(筋力トレーニング群7人・対照群8人にランダムに割付) |
| 介入 | 寒冷環境下での筋力トレーニングを週2回・10週間 |
| 測定 | 近赤外時間分解分光法によるBAT密度(BAT-d、総ヘモグロビン濃度)を介入前後で測定 |
| あわせて測定 | 骨格筋量の変化(ΔSM)、鎖骨上窩特異的熱産生(SST) |
結果②──BAT量そのものには有意差なし、熱産生との相関のみ有意
| 指標 | 結果 |
|---|---|
| 介入後のBAT-d(筋力トレーニング群 vs 対照群) | 有意差なし(p=0.921) |
| Δ骨格筋量とΔBAT-dの相関(筋力トレーニング群内) | 正の相関の傾向(r=0.615)だが統計的に有意ではない(p=0.142) |
| 鎖骨上窩特異的熱産生(SST)とBAT-dの相関(筋力トレーニング群内) | 有意な正の相関(r=0.889, p=0.007) |
要旨の結論部分は次のように書かれています。「BAT-dの有意な増加は見られなかったものの、ΔSM量とSSTの増加に伴ってBAT-dが増加する傾向があることから、筋力トレーニングはBATの変動に関与している可能性がある」。ここで注意したいのは、統計的に有意だったのは熱産生(SST)とBAT-dの相関だけで、肝心の「BAT量そのものが筋トレで増えたかどうか」は有意差が出なかったという点です。要旨の書きぶりは前向きですが、数値を見ると「増えた」と言い切れる根拠は限定的です。
この研究が言えないこと
- 立命館大学の観察研究は横断研究です。運動習慣がBATを増やしたのか、もともとBATが多い体質の人が運動を続けやすいのか、因果の向きは分かりません。
- 東京医科大学の介入研究はn=15(7人+8人)と非常に小さい試験です。グループ間の差を検出する力(検出力)が乏しい可能性があります。
- 東京医科大学の介入研究は女性のみ・10週間のみです。男性や、より長期間のトレーニングで同じ結果になるかは分かりません。
- 介入研究の主要な指標であるBAT量そのものには、有意な増加が確認されていません。有意だったのは「熱産生とBAT量の相関」という副次的な関係だけです。
- 2つの研究は直接比較試験ではありません。対象者(水泳・トライアスロン選手 vs 一般の女性)も、運動の種類(水泳・自転車などの持久系運動 vs 筋力トレーニング)も、測定条件も異なる別々の研究です。運動選手のデータをそのまま筋トレの効果として読み替えることはできません。
- BATの測定はいずれも近赤外分光法によるT-Hb(組織血流量)で、FDG-PET/CTのような直接的な代謝測定ではありません。先行研究との相関は確認されていますが、間接指標であることに変わりはありません。
- いずれも要旨・抄録レベルで確認できる範囲の数値にとどまります。介入研究は非オープンアクセスのため、本文の詳細な統計手法までは確認できていません。
- 立命館大学の研究は石本記念デサントスポーツ科学財団の助成を受け、サプリメント(GP抽出物)は花王(旧カネボウ化粧品)から無償提供されています。東京医科大学の介入研究は要旨レベルでは資金源の記載を確認できませんでした。
実践の視点から
筆者はトレーニング歴約40年の実践者ですが、公的な資格は保有していません。以下は資料を読んだうえでの整理であり、指導ではありません。
今回読んだ2本を素直に受け止めると、「筋トレをすれば褐色脂肪が確実に増える」と言い切れる段階には、まだ来ていないというのが実感です。運動選手がBAT指標が高いという観察データは魅力的ですが、それは長年の運動習慣の積み重ねの結果であり、10週間という短期の筋トレ実験ではBAT量そのものの有意な増加は確認されませんでした。
一方で、この研究が完全に否定的な結果だったわけでもありません。骨格筋量の増加と熱産生の高さに関連が見られた点は、今後より大規模な試験で検証する価値のある手がかりだと感じます。褐色脂肪組織の研究自体が2009年前後に本格的に始まったばかりの若い分野であることも踏まえると、「筋トレでBATが増えるかどうか」は、まだ結論が出る前の段階にあると理解しておくのが実際的だと思います。
体脂肪の増減に関心がある方には、以前一次資料で検証した腹筋運動でお腹の脂肪は落ちるのかを検証した記事もあわせてお読みいただくと、「運動と脂肪の関係は思ったより単純ではない」という共通点が見えてくるかもしれません。
まとめ
- 褐色脂肪組織(BAT)は脂肪を燃やして熱を作る特殊な脂肪組織で、多い人ほど肥満・耐糖能異常が少ないと報告されています。
- 運動習慣のある水泳選手・トライアスロン選手は、一般大学生よりBAT指標が有意に高いという観察データがあります(立命館大学、2015年)。
- ただし女性15人に10週間の筋力トレーニングを行わせた試験では、BAT量そのものには有意な増加は確認されませんでした(東京医科大学、2024年)。
- 骨格筋量の増加とBATの変化には相関の傾向が見られましたが統計的に有意ではなく、有意だったのは熱産生とBAT量の相関のみでした。
- ⚠️2つの研究は直接比較試験ではなく、対象者も運動の種類も異なります。介入研究はn=15と小規模・女性のみ・10週間のみという限界があります。
出典(一次資料)
- Naito T, et al. Effect of Resistance Training on Skeletal Muscle Mass and Brown Adipose Tissue Activity. Adv Exp Med Biol. 2024;1463:335-340.(Europe PMC)
- 浜岡隆文ほか. 褐色脂肪組織と運動習慣との関係および褐色脂肪組織増加のための栄養介入. デサントスポーツ科学 36:13-21(2015)(J-STAGE・全文無料)
- 米代武司. 褐色脂肪組織の熱産生とエネルギー代謝. 体力科学 67(5):345-350(2018)(J-STAGE・全文無料)