この記事の要点
- ブルガリアンスクワットで前脚の股関節に抵抗を与えているものは何か。後ろ脚が生む抵抗(後脚由来モーメント)を実測した日本の研究です。全文が無料で公開されています。
- 前脚の股関節伸展に対する抵抗のうち、後ろ脚由来が62〜98%を占めていました。上体の重さによる分は、思っていたより小さいということです。
- 意外なのは上体を起こすほど後ろ脚由来の抵抗が増えたこと(ナロースタンスで49→71 Nm)。前傾しなくても股関節に負荷が乗る仕組みが働いています。
- ただし股関節にかかるモーメントの総量そのものは、前傾したほうが大きい(ワイドで102 Nm対87 Nm)。「起こしたほうが負荷が高い」ではありません。
- スタンスを広げると股関節寄り、狭めると膝寄りになりました(膝のモーメントはナロー39 Nm対ワイド25 Nm)。
- 自重のみ・9人・全員男子大学生(身長170±3cmに限定)。著者自身が後ろ脚由来の値を過大評価している可能性を認めています。
ブルガリアンスクワットは、後ろ脚をベンチに乗せて行う片脚のスクワットです。「お尻を使う種目」として広く知られています。
ではなぜ股関節寄りになるのか。よく言われる説明は「前傾するから」です。上体を前に倒すほど、上半身の重さが股関節を曲げようとする力として働き、それに抗うために股関節伸展筋が使われる、という理屈です。
今回読む研究は、そこにもうひとつの成分があるはずだと考え、それを初めて実測しました。ベンチに乗せた後ろ脚が生む抵抗です。
読む一次資料
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 論文 | Arakawa H, Nakashima H, Li X, Tanimoto M. “Rear Leg-derived Moment Contributes to Resistance Against Hip Extension in Bulgarian Split Squats.” Int J Exerc Sci 2025;18(7):881-894 |
| 所属 | 国際武道大学(体育学部・武道スポーツ研究科)、岡田電機産業、順天堂大学スポーツ健康科学部(谷本道哉) |
| 対象 | 男子大学生(解析は9人) 19.9 ± 1.7歳、169.7 ± 1.7cm、67.9 ± 7.3kg 下肢のレジスタンストレーニング歴1年以上・週2回以上 |
| 測定 | モーションキャプチャ + 前脚・後ろ脚それぞれの床反力計 |
| 入手性 | オープンアクセス(全文無料) |
被験者の身長は170 ± 3cmに限定されています。ベンチの高さを40cmに固定するため、身長のばらつきを抑える必要があったからです。設計としては筋が通っていますが、適用範囲を狭める条件でもあります。
何を分解したのか
研究の枠組みはシンプルです。前脚の股関節が発揮する伸展モーメントに対して、抵抗となっているものを2つに分けます。
| 記号 | 意味 |
|---|---|
| MHAT | 頭・腕・体幹の重さによる重力モーメント(=前傾で生まれる分) |
| MRL | 後ろ脚が生む抵抗モーメント(=今回初めて実測された分) |
| MHE | 前脚の股関節が実際に発揮している伸展モーメント |
この2つの和が MHE と一致すれば、モデルは妥当だと言えます。結果はおおむね一致しました。
結果① 抵抗の大半は後ろ脚が作っていた
| 条件 | MRL(後ろ脚由来) | 抵抗全体に占める割合 |
|---|---|---|
| ワイドスタンス | 76 〜 86 Nm | 70 〜 97% |
| ナロースタンス | 49 〜 71 Nm | 62 〜 98% |
前脚の股関節が抗っている抵抗の6割から9割以上が、上体の重さではなく後ろ脚から来ていた。これがこの論文の中心的な発見です。
後ろ脚は「バランスを取るために置いてあるだけ」ではなく、股関節を曲げる方向に押し返す抵抗源として働いていた、ということになります。
結果② 上体を起こすほど後ろ脚の寄与が増える
3つの体幹角度(自然な前傾、そこから10度深く、10度起こす)で比べた数値です。
| 体幹 | ワイドスタンス | ナロースタンス | ||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| MHAT | MRL | %MRL | MHAT | MRL | %MRL | |
| 深く前傾(+10°) | 33 ± 5 | 76 ± 19 | 70% | 33 ± 6 | 49 ± 20 | 62% |
| 自然 | 20 ± 5 | 79 ± 17 | 81% | 19 ± 8 | 67 ± 18 | 79% |
| 起こす(−10°) | 4 ± 7 | 86 ± 20 | 97% | 3 ± 7 | 71 ± 24 | 98% |
上体を起こすと、前傾由来の分(MHAT)は33 Nmから4 Nmへ、ほぼ消えます。ところが後ろ脚由来の分は減らずに、むしろ増えました。ナロースタンスではこの増加が統計的に有意でした(p=0.006)。
論文はその理由として、上体を起こすと後ろ脚の股関節がより伸展位に入ることを挙げています。実測では、深く前傾したときの後ろ脚股関節角が183.8 ± 10.6度、起こしたときが194.1 ± 6.0度。約10度余分に伸展していたことになります。伸展位が深いほど受動的な抵抗が強まる、という説明です。
結果③ ただし「総量」は前傾したほうが大きい
ここを飛ばすと読み違えます。
| 体幹 | ワイド MHE | ナロー MHE |
|---|---|---|
| 深く前傾(+10°) | 102 ± 17 Nm | 78 ± 15 Nm |
| 自然 | 94 ± 16 Nm | 73 ± 10 Nm |
| 起こす(−10°) | 87 ± 8 Nm | 63 ± 13 Nm |
前脚の股関節が実際に発揮しているモーメントの総量は、前傾したほうが大きい(ワイドで102対87、p=0.001)。この点は表の数値がはっきり示しています。
つまりこの研究が示したのは「上体を起こしたほうが股関節への負荷が大きくなる」ではありません。「上体を起こしても、抵抗の大部分は後ろ脚が担ってくれるので、股関節への負荷が思ったほどは落ちない」です。論文の結論部も、腰の前傾を最小限にしながら股関節伸展筋への機械的負荷を高められる可能性、という書き方をしています。
結果④ スタンス幅で股関節寄りか膝寄りかが変わる
| 自然な体幹角度での比較 | ワイド | ナロー | 統計 |
|---|---|---|---|
| 膝の伸展モーメント | 25 ± 11 Nm | 39 ± 9 Nm | p=0.003(d=1.43) |
| 股関節の伸展モーメント | 94 ± 16 Nm | 73 ± 10 Nm | p=0.000(d=1.44) |
スタンスを広げれば股関節寄り、狭めれば膝寄り。効果量はどちらも1.4を超えており、「大きい」に分類される差です。狙う部位でスタンス幅を変える根拠になり得る数値だと思います。
なお重心の高さ、下腿の前傾角、体幹の前傾角は条件間でほぼ同じでした。つまり動作の見た目はほとんど変わらないのに、内側の力の配分だけが変わっているということです。
この研究が言えないこと
論文は限界を4つ挙げています。3つ目が特に重要です。
1. 膝の前方移動を固定している
体幹角度とスタンス幅は変えましたが、膝が前に出る量は一定に保たれました。膝の前方移動はスクワットにおける股関節と膝の負担配分に影響するため、実際のトレーニングでは結果が変わり得ます。
2. 自重のみ・外的負荷なし
ダンベルやバーベルを持てば、後ろ脚由来の絶対値も割合も変わるはずだと論文自身が書いています。ただし、先行研究の10RM負荷時の値(約220 Nm)と照らして「負荷をかけても割合は25%を超えるだろう」と推定しています。これはあくまで推定です。
3. 後ろ脚由来を過大評価している可能性がある
論文の言葉です。「一部の条件では MRL と MHAT の和が MHE を上回っており、MRL の過大評価の可能性を示唆する。この不一致はナロースタンスの自然・起こし条件で特に顕著だった」。
原因も説明されています。ナローでは後ろ脚の膝がより深く曲がり、箱の上の圧力中心が前方にずれるにもかかわらず、計算では固定と仮定していたためです。本文の表でも、ナロー×自然の条件で MHAT+MRL=86に対し MHE=73と、実際に上回っています。この記事で紹介した「62〜98%」という数字も、その分を差し引いて読む必要があります。
4. 人数が少なく、対象が限られる
解析対象は9人、全員が男子大学生で、身長は170 ± 3cmに限定されています。論文は「性別、体格、体組成、筋力、柔軟性が異なる人には適用できない可能性がある」としています。
(加えて)これは力学の測定であって、トレーニング効果の測定ではない
この研究が測ったのは、ある姿勢での関節モーメントです。その姿勢で続けたら筋肉がどれだけ増えるか、腰痛が減るかといったことは、一切調べられていません。「力がかかっている」と「鍛えられる」は別の話です。
実践の視点から
筆者はトレーニング歴約40年の実践者ですが、公的な資格は保有していません。以下は資料を読んだうえでの整理であり、指導ではありません。
- 後ろ脚は「置いてあるだけ」ではない。前脚の股関節が抗っている抵抗の大半を作っていました。後ろ脚の位置や乗せ方を変えれば、前脚への負荷も変わるということになります。
- 上体を無理に倒さなくてもよさそう。起こしても股関節のモーメントは102→87 Nmと2割弱の減少にとどまったと報告されています。腰に不安がある場合、この選択肢があることは知っておいて損はないと思います。
- ただし最大化したいなら前傾のほうが上。総量は前傾条件が最大でした。目的によって選ぶ話です。
- スタンス幅は狙いで使い分けられる。広げれば股関節、狭めれば膝。効果量1.4超という明確な差でした。
- 数字そのものは自重・9人・男子大学生の値。個人差もあり、そのまま自分に当てはまるわけではありません。
まとめ
ブルガリアンスクワットで前脚の股関節に抵抗を与えているのは、上体の重さではなく主に後ろ脚だった。それも、上体を起こすほど後ろ脚の寄与は増える。これがこの論文の初めての実測結果です。
一方で股関節モーメントの総量は前傾したほうが大きく、著者自身が後ろ脚由来の値の過大評価の可能性を認めています。自重のみ、9人、身長170cm前後の男子大学生という条件も外せません。
それでも「後ろ脚が抵抗を作っている」という視点は、この種目の理解を変えるものだと思います。少なくとも、後ろ脚をただ置いているだけだと考えるのはやめたほうがよさそうです。