研究ノート・ケトン食と難治性の精神疾患

重い心の病にケトン食は届くか|入院患者28人の記録

公開日: 2026-09-16 · 約10分で読めます

ヒロ

執筆・編集:ヒロ

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この記事の要点

  • フランスの精神科病院で、薬による治療を続けても症状が落ち着かなかった双極性障害・うつ病・統合失調感情障害の入院患者31人に、炭水化物を1日20g以下に抑えるケトン食を試した後ろ向き分析です。
  • 14日以上続けられなかった3人を除く28人の解析で、うつ症状の評価スコア(HAM-D・MADRS)が平均67〜69%低下、精神病症状の評価スコア(PANSS)が平均45%低下したと報告されています。体重・血圧・血糖・中性脂肪などの代謝指標にも改善が見られました。
  • ただしこれは対照群を置かない後ろ向きの症例集積研究で、担当医も患者本人も「ケトン食を試している」と分かった状態(非盲検)です。著者の一人は低炭水化物食を掲げる企業の株式を保有しています。

⚠️先に必ずお読みください

この記事で紹介する研究は、精神科の主治医が入院という管理された環境で、薬の調整も含めて医学的に監督しながら行ったものです。糖尿病・高血圧の薬や向精神薬は、炭水化物を大きく減らすと数日以内に低血糖・低血圧を起こす場合があり、研究論文自身も薬剤師・医師による綿密な監視が必要だと注意しています。双極性障害・うつ病・統合失調症などで通院・服薬中の方は、自己判断で食事を大きく変えたり薬を減らしたりせず、必ず主治医に相談してください。この記事は治療法を勧めるものではなく、公表された研究を一次資料として読むものです。

てんかんの治療に使われてきたケトン食(ケトン食療法)を、精神疾患にも応用できないか——という研究が近年少しずつ増えています。今回読むのは、独立系の精神科医ジョージア・エデ氏(Georgia Ede、米国マサチューセッツ州、大学非所属)が共著者に入っている、2022年発表の後ろ向き分析です。エデ氏の研究のうち、本人が実際に集めたデータに基づく論文はこれが唯一のものです。

薬物療法を続けても症状が改善しない「難治性」の重い精神疾患を抱える患者に、ケトン食を試した記録を、研究の設計・数値・限界まで確認します。

読む一次資料

項目内容
論文Danan A, Westman EC, Saslow LR, Ede GS.
“The Ketogenic Diet for Refractory Mental Illness: A Retrospective Analysis of 31 Inpatients.”
Frontiers in Psychiatry 2022;13:951376
実施施設フランス・クリニック・デュ・カステルヴィエル(Clinique du Castelviel、精神科の民間病院)。担当医アルベール・ダナン氏の外来患者から募集
研究の種類後ろ向き症例集積研究(対照群なし・非盲検)
入手性オープンアクセス=全文無料。数値はすべて本文・表から確認しました
一次資料PMC9299263(PubMed Central・全文)

著者は4人。実際に患者を診察し治療を実施したのは筆頭著者のアルベール・ダナン氏(フランス・トゥールーズ大学ランゲイユ医学部に籍を置く精神科医)です。統計解析を担当したのはエリック・ウェストマン氏(デューク大学医学部、低炭水化物食の臨床試験を手がけてきた内科医)とローラ・サスロウ氏(ミシガン大学看護学部)。ジョージア・エデ氏は文献レビューと執筆を担当しました。エデ氏は大学に所属しない独立系の精神科医です。

設計──入院患者31人、炭水化物1日20g以下

項目内容
期間2019年5月〜2020年4月
対象薬による治療を続けても症状が十分に落ち着かなかった成人31人。双極性障害II型・大うつ病性障害・統合失調感情障害の患者で、いずれもダナン氏の外来に長年(平均10年、5か月〜30年)通院し、過去に何度か入院歴もあった人たち
除外条件神経性やせ症、BMI 18.5未満、妊娠・授乳中、ケトン食が禁忌となる持病がある人
食事内容炭水化物1日最大20g(野菜・ナッツ・レモン汁・少量のダークチョコレートのみから)、タンパク質15〜20%E、脂質75〜80%E。病院の管理栄養士が調理した食事3食+補食1回を提供。魚油・マグネシウム・銅・ビタミンB群・ビタミンCのサプリメントも併用
体制ダナン氏が週6日、個別に進捗を確認。入院患者は週6日を院内で過ごし、週末は最大36時間まで外出可(この間の食事は完全には管理できない)
薬の扱いケトン食開始と並行して、担当医の臨床判断により向精神薬・内科の薬を調整(減量・中止を含む)
主要評価項目うつ症状(HAM-D・MADRS)、精神病症状(PANSS)はあらかじめ決められた主要評価項目。薬の変化・代謝指標・重症度(CGI-S)は副次評価項目

31人のうち3人(10%)はケトン食を14日以上続けられず除外されました(内訳:脂質の多い食事への抵抗感1人、家族・経済的支援の不足1人、経済的困難と脂質への抵抗感・制約の多さ1人)。残る28人が解析対象です。平均年齢50歳(27〜73歳)、71%が女性でした。入院期間は平均85.4日(16〜270日)、ケトン食を続けた期間は平均59.1日(15〜248日)です。

尿ケトン体は各患者につき1回だけ測定され、28人中18人(64%)で陽性でした。食事の遵守度は「優秀」39%・「良好」43%・「まずまず」18%と自己申告・看護記録・面談から判定されています。

結果① うつ症状・精神病症状の評価スコア

評価尺度対象人数ケトン食開始前終了後変化率効果量(d)
HAM-D(うつ症状・0〜52点)23人25.47.7-69.2%3.1
MADRS(うつ症状・0〜60点)21人29.610.1-67.4%3.6
PANSS(精神病症状・30〜210点)10人91.449.3-45.4%3.5
CGI-S(重症度・1〜7点)27人4.92.0-60.4%3.8

いずれもP<0.001で、スコアが下がった方向に統計的な差が確認されています。PANSS(統合失調感情障害の患者10人が対象)では、臨床的に意味があるとされる16.5点以上の低下が10人全員で達成されたと報告されています。診断別に見ても、双極性障害12人・大うつ病性障害6人はうつ症状の尺度(HAM-D・MADRS)と重症度(CGI-S)で、統合失調感情障害10人はそれに精神病症状の尺度(PANSS)を加えた尺度で、いずれも統計的に有意な低下が見られました(各群P<0.05〜P<0.001)。PANSSは精神病症状を測る尺度のため、双極性障害・大うつ病性障害の群では評価されていません。研究チームは「28人全員に、多くはケトン食開始から3週間以内に、気分や精神病症状の目に見える改善が見られた」と述べています。

結果② 体重・血圧・血糖などの代謝指標

指標開始前終了後変化率P値
体重90.0kg相当85.1kg相当-5.3%<0.001
BMI31.930.1-5.3%<0.001
収縮期血圧134.5mmHg123.4mmHg-7.6%<0.001
拡張期血圧85.7mmHg78.7mmHg-7.4%<0.001
空腹時血糖104.7mg/dL93.4mg/dL-8.1%0.002
HbA1c5.9%5.6%-3.5%0.003
中性脂肪204.0mg/dL137.5mg/dL-14.8%0.003
総コレステロール226.7mg/dL210.4mg/dL-4.4%0.027

※体重は原論文がポンド表記(開始前198.5lbs・終了後187.7lbs)のため、記事側でキログラムに換算しました。HDLコレステロール・LDLコレステロールには統計的な差が見られませんでした。開始時点で28人中18人(64.3%)が肥満の基準(BMI 30以上)に該当しており、終了時には28人中27人(96.4%)で体重が減少、抗精神病薬を服用していた25人中24人(96%)で体重が減っています。開始前に中性脂肪高値の基準を満たしていた14人のうち5人(36%)は、終了時にはその基準に該当しなくなりました。

結果③ 薬の変化──担当医の判断で調整、自己判断ではない

ケトン食開始前、28人が服用していた向精神薬は平均5.3種類(うち89%が抗精神病薬を1種類以上服用)でした。終了時までに18人(64%)で向精神薬の種類・用量が減らされました。内科の薬も併用していた7人のうち5人(71%)で減量・中止があり、対象になったのはインスリン・メトホルミン・アトルバスタチン・グリクラジド・チカグレロルでした。

これらの調整はすべて担当医の臨床判断で行われたもので、患者自身の判断ではありません。論文自身も考察の中で、糖尿病治療薬や降圧薬は炭水化物を大きく制限すると低血糖・低血圧のリスクがあるため、開始1日目から減量・中止が必要になる場合があると注意を促しており、向精神薬についても抗てんかん薬(バルプロ酸など)やリチウムは血中濃度が変わりうるとして、医師による経過観察を推奨しています。

退院後の追跡では、28人中13人(46%)が自宅でもケトン食を続けられたと報告した一方、5人(18%)は部分的な遵守、6人(21%)は中止、1人は中止後に再開、3人は追跡不能でした。

資金と利益相反

この研究が言えないこと

  1. 対照群がありません。ケトン食を試さずに同じ期間入院した患者群と比較していないため、入院そのものや、頻繁な面談・支援体制の効果と切り分けられません。
  2. 非盲検です。担当医も患者本人も「ケトン食を試している」と分かった状態で症状を評価しており、思い込みによる評価の偏りが入る可能性があります。
  3. 変えた要因が炭水化物制限だけではありません。この食事は低炭水化物であると同時に、加工食品をほぼ含まず、穀物を除き、微量栄養素のサプリメントも併用し、量も管理されていました。どの要素が症状の変化に関わったのかは、この研究だけでは切り分けられません。
  4. 患者は担当医が長年診てきた外来患者から、本人の同意のもとに選ばれています。ケトン食を試す意思がある患者に限られており、無作為に選ばれた集団ではありません。
  5. 日本人集団のデータではありません。対象はフランスの精神科病院に入院した成人で、食習慣・体格・医療制度が異なる日本人にそのまま当てはまるかは分かりません。
  6. 尿ケトン体の測定は患者につき1回だけです。食事の遵守状況を継続的に確認できておらず、体重減少という別の指標から遵守を推測している面があります。
  7. 統合失調感情障害の患者でPANSSを評価できたのは10人のみです。大うつ病性障害の群でMADRSが評価できたのも一部の患者に限られており、尺度によって解析対象人数が異なります。
  8. 著者2人に低炭水化物食関連企業との金銭的な関係があります。治療を実施し評価を行ったダナン氏自身には開示された利益相反はありませんが、論文の執筆・解析に関わった著者の立場は中立とは言えません。

実践の視点から

筆者はトレーニング歴約40年の実践者ですが、公的な資格は保有していません。以下は資料を読んだうえでの整理であり、指導ではありません。

この研究が扱っているのは、薬による治療を何年も続けてもなお症状が改善しない、重い精神疾患を抱える患者です。そうした状況で、入院という管理された環境の中、精神科医の綿密な監督のもとにケトン食を試したところ、うつ症状・精神病症状の評価スコアに大きな改善が見られた、というのがこの論文の中身です。

ただし、この結果を「ケトン食が精神疾患に効果がある」という一般論として受け取ることはできません。対照群がなく、複数の食事要因が同時に変わっており、担当医と患者の関係性という特殊な文脈での結果だからです。研究チーム自身も「より厳密な研究で確認する必要がある」と結んでいます。

もう一つ重要なのは、薬の調整は医師の判断で行われたものだという点です。糖尿病治療薬や降圧薬、抗てんかん薬・リチウムなどは、炭水化物を大きく減らすと数日で作用の強さが変わりうると論文自身が注意しています。精神疾患・糖尿病・高血圧などで通院中の方が、この記事を読んで自己判断で食事や薬を変えることは、医学的に危険を伴う可能性があります。関心を持たれた場合は、必ず主治医に相談したうえで検討してください。

まとめ

出典(一次資料)

  1. Danan A, Westman EC, Saslow LR, Ede GS. The Ketogenic Diet for Refractory Mental Illness: A Retrospective Analysis of 31 Inpatients. Front Psychiatry. 2022;13:951376.(PMC全文・オープンアクセス)
  2. Europe PMC(EXT_ID: 35873236)
  3. DOI: 10.3389/fpsyt.2022.951376

よくある質問

ケトン食は精神疾患の治療に使えるのですか?

この研究は、薬による治療を続けても症状が改善しなかった重い精神疾患の患者28人を対象に、入院という管理された環境でケトン食を試した後ろ向き分析です。うつ症状・精神病症状の評価スコアに大きな改善が報告されていますが、対照群のない研究であり、「精神疾患にケトン食に効果がある」という一般論として結論づけることはできません。

この研究の対象者はどんな人たちですか?

フランスの精神科病院に入院した成人28人(平均年齢50歳、71%が女性)です。双極性障害II型・大うつ病性障害・統合失調感情障害と診断され、薬による治療を続けても症状が十分に改善しなかった人たちで、担当医の外来患者から本人の同意を得て選ばれています。

薬はどうなったのですか?自分で減らしてもよいのですか?

研究では担当医の臨床判断により、64%の患者で向精神薬の種類・用量が調整されました。これはすべて医師の監督のもとで行われたものです。糖尿病薬や降圧薬、抗てんかん薬・リチウムなどは炭水化物制限で作用が変わりうると論文自身が注意しており、自己判断での減薬は危険を伴う可能性があります。必ず主治医に相談してください。

体重や血糖値にはどんな変化がありましたか?

体重は平均5.3%減少し、血圧・空腹時血糖・HbA1c・中性脂肪にも統計的に有意な改善が報告されています。ただしHDL・LDLコレステロールには差が見られませんでした。

この研究にはどんな限界がありますか?

対照群がなく非盲検であること、炭水化物制限以外にも加工食品の排除や栄養サプリメントなど複数の要因が同時に変わっていること、患者が担当医の外来から同意を得て選ばれていること、日本人集団のデータではないことなどが挙げられます。著者2人には低炭水化物食関連企業との金銭的な関係もあります。

この論文の著者に利益相反はありますか?

共著者のエリック・ウェストマン氏は低炭水化物食関連企業からのコンサルティング料や自身が設立した企業の株式、関連書籍の印税を、ジョージア・エデ氏は低炭水化物食企業DietDoctor.comのストックオプションを保有していると開示しています。実際に治療を行った担当医には開示された利益相反はありません。

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