この記事の要点
- 立命館大学などの研究チームが、健康な若年男性17人を対象に、40%1RMの低強度膝伸展(LRE)・EMS単独・LRE+EMSの3条件をクロスオーバーで比較した試験です(Clin Physiol Funct Imaging 2026)。
- LRE単独では実行機能(抑制制御)に有意な変化が見られませんでした(p=0.100)。EMS単独は15分後のみ有意(p=0.022)。
- LRE+EMSでは運動直後(p<0.001, d=1.078)と15分後(p<0.001, d=1.363)の両方で有意な変化が報告されました。
- ただし、3条件の変化量を直接比べた検定は有意ではありませんでした(運動直後 p=0.127、15分後 p=0.193)。
- LRE+EMSは乳酸が最も多く(中央値6.3 mM)、主観的な負担(RPE・脚の不快感)も有意に高くなりました。
- 対象は若年男性のみ・単回セッションであり、高齢者・女性・他の種目・慢性的な継続への応用は本試験から判断できません。
「低強度の筋トレでも認知機能に効果が出るか」という問いは、特に筋力の弱い高齢者や運動初心者にとって現実的な意味を持ちます。一方で、先行研究では中強度以上の運動が実行機能を高めやすいとされており、低強度(40〜50%1RM程度)では効果が一貫しない、と指摘されてきました。その理由として挙げられるのが、血中乳酸の産生量の差です。神経活動の燃料として乳酸が機能するという仮説のもと、低強度の運動でも乳酸をより多く産生できれば認知への変化が引き出せるかもしれない。その発想から設計されたのが、本稿で読む立命館大学の試験です。
EMS(電気筋肉刺激)は、皮膚上の電極から筋肉に電気刺激を与えて収縮を促す手法です。運動中のEMSはリハビリや高強度トレーニングで用いられることがありますが、認知機能との組み合わせを低強度の筋トレで検討した試験はまだ少数にとどまります。研究チームは「LREにEMSを加えることで乳酸産生を増やし、主観的な負担を抑えながら認知機能を変化させられるか」という仮説を検証しました。
📄 読む一次資料
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 論文 | Dora K, Yang S, Yuuki IW, Tachi K, Hashimoto K, Matsumura T, Miyamoto N, Hashimoto T. The combination of low-intensity resistance exercise and electrical muscle stimulation effectively enhances executive function in men. Clin Physiol Funct Imaging. 2026 Jul;46(4). doi:10.1111/cpf.70075 |
| PMID / PMCID | 42338267 / PMC13291766(CC BY・全文無料) |
| 主著者の所属 | 立命館大学スポーツ健康科学部(滋賀)、東洋大学(埼玉)、順天堂大学(千葉)、早稲田大学(埼玉) |
| 責任著者 | 橋本 健志先生(立命館大学スポーツ健康科学部 教授) |
| 資金 | 日本学術振興会(JSPS)科研費 23K21635(橋本健志先生 代表) |
| 利益相反 | なしと申告 |
| 倫理承認 | 立命館大学倫理委員会 BKC-LSMH-2023-100-1 |
研究の設計
健康な若年男性17人(平均23±1歳、体重67.9±6.6 kg)を対象に、3つの条件をクロスオーバー(同じ人が全条件を経験)で実施しました。条件間には最低2日以上の間隔を設け、試験前日から24時間は激しい運動・飲酒・カフェインを避けることを求めています。
3条件の設定
| 条件 | 内容 | 時間 |
|---|---|---|
| LRE(低強度筋トレのみ) | 両脚の膝伸展 40%1RM(実測47.6±8.7 kg)×4セット×10回、1秒求心・1秒遠心、セット間1分休憩 | 260秒 |
| EMS(電気刺激のみ) | 座位で大腿四頭筋にEMS(4Hz・0.25ms・最大耐性強度 平均64±9 mA)を受動的に受ける | 260秒 |
| LRE+EMS(組み合わせ) | 上記LREを行いながら、同じEMSを大腿四頭筋に継続して与える | 260秒 |
1RM(最大反復重量)は両脚の膝伸展で事前に測定し(平均120.4±21.2 kg)、その40%を試験で使用しました。EMS機器はITO(伊藤超短波)のESPURGEで、電極は大腿四頭筋の膝蓋骨付近と大転子付近に配置しています。
主要アウトカムは実行機能のうち抑制制御(IC)で、カラーワード・ストループ課題(CWST)で測定しました。「文字の意味」と「文字の色」が一致しない不一致条件の反応時間を中立条件と比較した干渉スコア(%)が主な指標です。スコアが低下するほど抑制制御が上がったことを意味します。測定は安静時(ベースライン)・運動直後(post-EX0)・15分後(post-EX15)の3時点で行いました。副次的に血中乳酸・グルコース・主観的運動強度(Borg RPE 6〜20)・脚の不快感(0〜10)・覚醒感(Felt Arousal Scale)なども計測しています。
結果① 抑制制御(干渉スコア)の変化
条件内の検定では、LRE+EMS条件のみが両時点で有意な変化を示しました。
干渉スコアのベースラインからの変化量(%)
| 条件 | 運動直後(post-EX0) | 15分後(post-EX15) |
|---|---|---|
| LRE(筋トレのみ) | −2.7±4.6% p=0.100(有意差なし) | −1.7%(中央値) 有意差なし |
| EMS(電気刺激のみ) | −3.7±8.5% p=0.310(有意差なし) | −3.9%(中央値) p=0.022, r=0.652 |
| LRE+EMS | −7.0±6.2% p<0.001, d=1.078 | −7.0%(中央値) p<0.001, d=1.363 |
スコアの低下=抑制制御の向上を示す。効果量 d はCohen's d、r はWilcoxonの効果量 r。
LRE+EMSの効果量はd≒1.1〜1.4と大きな値でした。ただし、3条件のうちどの条件が最も変化したかを条件間で直接比べた検定は有意ではありません(運動直後 p=0.127、15分後 p=0.193)。つまり「LRE+EMSはLRE単独よりも有意に効果が大きかった」とは言えない、という点は重要な留保です。
EMS単独は15分後にのみ有意(r=0.652)でした。研究チームはこの「遅れた変化」について、EMS単独の継続時間が比較的短かったことや、電気刺激が認知に影響を及ぼすまでに時間的な遅延が生じる可能性を挙げています。
結果② 乳酸・心拍数・主観的負担
3条件のうち、乳酸の産生量に最も大きな違いが出たのはLRE+EMS条件です。
血中乳酸(mM)の推移
| 条件 | ベースライン | 運動直後(post-EX0) | 15分後(post-EX15) |
|---|---|---|---|
| LRE | 1.4(1.0〜2.3) | 3.6(2.6〜11.3) | 2.0(1.4〜4.9) |
| EMS | 1.3(0.9〜2.5) | 2.7(1.7〜4.5) | 2.0(1.2〜3.5) |
| LRE+EMS | 1.4(1.0〜2.4) | 6.3(3.6〜11.3) | 3.5(1.7〜6.2) |
中央値(範囲)。3条件すべてでベースラインからの有意な増加が確認された(各 p<0.001)。LRE+EMSはpost-EX0でLRE(p=0.003, r=0.790)・EMS(p<0.001, r=0.878)の両方より有意に高かった。
乳酸の増加量はLRE+EMSで最大となりましたが、血糖値(グルコース)はいずれの条件でも有意な変化はありませんでした(条件効果 p=0.075〜0.476)。
心拍数の平均は、EMS単独(77±9 bpm)と比べてLRE(97±12 bpm)・LRE+EMS(99±13 bpm)の両方が有意に高く(各 p<0.001)、筋収縮の有無が心拍に影響したことが分かります。
主観的運動強度・脚の不快感(条件間の比較)
| 指標 | LREとLRE+EMSの比較 | EMSとLRE+EMSの比較 |
|---|---|---|
| RPE(Borg 6〜20) | LRE+EMS が高い(p=0.003, r=0.716) | 記載なし |
| 脚の不快感(0〜10) | LRE+EMS が高い(p=0.006, r=0.736) | LRE+EMS が高い(p=0.018, r=0.672) |
LRE(13;中央値)・LRE+EMS(14;中央値)はBorg RPEで1ポイントの差。数値は小さいが、統計的には有意でした。
研究チームはこの結果を「認知への変化を得るために主観的な負担の増加を受け入れる必要があった」と解釈しています。仮説では「EMSを加えることでRPEを抑えながら乳酸を増やせる」と期待していましたが、実際には逆の結果となりました。この点は先行研究との食い違いとして明記されており、身体的な障害のない健康な人にはEMSの「補助」としての効果が得られず、ただ刺激が上乗せされるだけになる可能性が指摘されています。
この研究が言えないこと
- 高齢者・女性・慢性疾患への適用:対象は平均23歳の健康な若年男性17人のみです。著者自身が「高齢者・女性・慢性疾患を持つ方への一般化はできない」と明記しています。
- 条件間で有意な差があったとは言えない:LRE+EMSの条件内検定は有意でしたが、3条件の変化量を直接比べた検定では有意差がありませんでした(p=0.127、p=0.193)。「LRE単独よりLRE+EMSが優れる」という主張は本試験の統計からは支持されません。
- 慢性的な継続の効果:本試験は単回セッションのみです。週に何回かLRE+EMSを続けた場合に実行機能が継続して変化するかは、別途検証が必要です。
- 乳酸のピークを捉えられていない可能性:血中乳酸の採血は運動直後に行っていますが、乳酸のピークは通常数分後に訪れます。論文自身もこれを限界として挙げており、ピーク値はさらに高い可能性があります。
- 種目は膝伸展のみ:スクワット・デッドリフトなどの多関節種目や上半身の種目でも同じことが起きるかは、本試験から判断できません。
- 非運動の対照条件がない:「何もしない」条件が設定されていないため、CWST自体に慣れることによる学習効果を完全に除外できません(著者は事前の練習によってこの影響を最小化したと記述しています)。
- EMS強度の個人差:EMSの強度は各自が耐えられる最大値(平均64 mA)に設定されており、個人差が大きい指標です。同じ設定を他の集団に適用しても、同じ乳酸産生量が得られるとは限りません。
- 日本人集団ではあるが若年男性のみ:研究機関は日本の大学ですが、若年男性という集団の特性が結果に影響している可能性があります。同じ日本人でも中高年者や女性での知見は別途必要です。
実践の視点から
筆者はトレーニング歴約40年の実践者ですが、公的な資格は保有していません。以下は資料を読んだうえでの整理であり、指導ではありません。
「低強度の筋トレでは脳への刺激が足りない」という問いに対し、この試験は「EMSを組み合わせると乳酸が増えて実行機能に変化が出た(少なくとも条件内では)」という1枚の証拠を提示しています。ただし、その差が条件間の比較で統計的に確認されなかった点は、読む側が自分なりに評価する必要があります。
実際のトレーニング文脈でEMSを使う場面は、主にリハビリや特定の筋群の感覚を高める目的に限られており、一般的なジムトレーニーが認知機能のためだけにEMSを導入する動機は薄いかもしれません。むしろ、この試験の興味深い点は「低強度でも乳酸を増やす工夫次第で何かが変わる可能性がある」という方向性の提示にあります。たとえばスロートレーニング(LST)が低強度でも血中乳酸を中高強度と同程度に高めることが知られており、そのような設計の積み重ねが今後の研究につながるかもしれません。
認知機能と運動の関係に興味がある方は、本試験単独で判断せず、これを「入り口」として位置づけることが適切です。
まとめ
立命館大学などの橋本 健志先生ら(責任著者)が実施したこのクロスオーバー試験では、健康な若年男性17人を対象に、低強度の筋トレ(LRE)・EMS単独・LRE+EMSの3条件で実行機能(抑制制御)と血中乳酸を比較しました。
- LRE単独では干渉スコアの有意な変化はなく(p=0.100)、EMS単独は15分後のみ有意(p=0.022)。
- LRE+EMS条件は運動直後(d=1.078)・15分後(d=1.363)ともに大きな効果量で変化が報告されましたが、条件間の比較は有意ではありません(p=0.127〜0.193)。
- LRE+EMSは最大の乳酸産生(中央値6.3 mM)と最大のRPE増加を示し、認知への変化と引き換えに主観的負担が増える結果となりました。
一次資料で確認した限りでは、この試験は「低強度の筋トレにEMSを加えると実行機能が大きく変化する可能性がある」という仮説を支持する内容です。ただし、試験規模・対象者の属性・単回セッション・条件間の統計的な差の不在という制約をあわせて読む必要があります。高齢者への応用や、継続的な実施での影響については今後の研究が待たれます。
※本記事は公表されている研究情報を、健康情報リテラシーの観点から中立的に紹介するものです。特定の運動・機器が病気を予防・治療することを保証するものではありません。持病のある方は医療機関にご相談ください。