この記事の要点
- 70歳以上で握力・歩行速度が低下した消化器がんの手術予定患者62人を対象に、大阪大学の研究チームが行った単施設ランダム化比較試験(RCT)です(Fujimoto, Akasaka ら 2025)。
- 術前14日間・1日2回の自宅筋トレ(座位膝伸展・立位大腿挙上・カーフレイズ・スクワットの4種目)とアミノ酸ゼリーを組み合わせた介入群18人と、対照群27人を比較しました。
- 主要評価項目の術後合併症は有意差なし(51.9% 対 44.4%)。せん妄はむしろ介入群でやや多い傾向でした(有意差なし)。
- 唯一有意差が出たのは退院時点の膝伸展筋力。対照群は術前比86.7%まで落ちたのに対し、介入群は119.3%を維持しました(p=0.044)。握力・歩行速度・骨格筋量には差がありませんでした。
- 当初計画は92人でしたが、コロナ禍などの影響で45人(介入群18人)で募集を打ち切った試験です。数字の解釈には注意が必要です。
手術を控えた高齢者が、入院までのわずかな期間に何かできることはあるのか。フレイル(心身の脆弱性)を抱えた高齢のがん患者に対して、術前の短期間に運動と栄養の介入を行う「プレハビリテーション」という考え方が近年注目されています。ただし、それが実際に術後の合併症を減らすのかについては、まだ研究者の間でも意見が分かれています。
今回読むのは、大阪大学大学院医学系研究科 老年・総合内科学の研究チームが2017年から2022年にかけて実施し、2025年に発表したランダム化比較試験です。消化器がんの手術を控えた高齢のフレイル患者に、たった14日間の自宅トレーニングとアミノ酸補給がどれだけの意味を持つのかを検証しました。
📄 読む一次資料
| 論文 | 掲載誌 | 対象 | OA |
|---|---|---|---|
| Fujimoto T, Akasaka H, Yasunobe Y, et al. "Pre-Operative Resistance Training and Amino Acid Supplementation in Frail Patients With Gastrointestinal Cancer: A Randomized Clinical Trial." Geriatrics & Gerontology International. 2025;25(12):1765-1773. doi:10.1111/ggi.70226(PMID 41108598・PMC12719127) | Geriatr Gerontol Int | 消化器がん術前の高齢フレイル患者62人 | OA(CC BY-NC) |
責任著者は大阪大学老年・総合内科学の赤坂憲先生(研究実施当時の所属)。研究の統括・監修には現教授の山本浩一先生も名を連ねており、研究資金の取得は前教授の楽木宏実先生が担当しています。資金はJSPS科研費(課題番号16H05277)、利益相反の申告なし。
試験の設計――誰に、何を、どれだけの期間行ったか
対象は2017年10月から2022年12月の間に、大阪大学医学部附属病院で消化器がんの待機手術を予定していた70歳以上の患者です。握力が男性26kg未満・女性18kg未満、または歩行速度が1.0m/秒未満という基準に該当した人だけが組み入れられました。認知機能や重い心肺・肝腎機能の障害がある人などは除外されています。
登録された62人は、年齢・認知機能(MMSE)・うつ尺度(GDS-15)で層別化したうえで、REDCapという電子システムを使い対照群と介入群に1:1で無作為に割り付けられました。ただし途中で3人が同意撤回、3人が治療方針の変更、5人が手術予定の変更、2人がプロトコルを守れず、1人が重複がんと判明したことで除外され、最終的な解析対象は対照群27人・介入群18人の計45人になりました。
介入群が行ったのは、①座位での膝伸展20回、②立位での大腿挙上20回、③立位でのカーフレイズ(つま先立ち)10回、④スクワット5〜10回という4種目の自体重トレーニングを、手術までの14日間、1日2回自宅で行うプログラムです。もともと同院で転倒歴のある高齢者向けに実施していた「転倒予防教室」のプログラムをそのまま採用しています。あわせて、ロイシンを40%含むアミノ酸ゼリー(アミノエル40)を1日1回摂取しました。運動の実施率はトレーニング記録で確認され、平均85.2%でした。対照群は特別な介入を受けていません。
評価は術前2週間・手術直前・退院時・術後1年の4時点で行われ、術後合併症の有無は治療内容を知らない別の医師が診療記録から判定しました。
結果① 術後合併症とせん妄――主要評価項目に有意差なし
この試験の主要評価項目である術後合併症は、対照群51.9%(27人中14人)・介入群44.4%(18人中8人)で、数値上は介入群がやや低いものの統計的な有意差はありませんでした(相対リスク0.86、95%信頼区間0.62〜2.19)。
術後合併症の内訳
| 項目 | 対照群(n=27) | 介入群(n=18) | 95%CI |
|---|---|---|---|
| 術後合併症(全体) | 14人(51.9%) | 8人(44.4%) | 0.62〜2.19 |
| せん妄 | 7人(25.9%) | 6人(33.3%) | 0.31〜1.94 |
| 感染 | 2人(7.4%) | 3人(16.7%) | 0.08〜2.40 |
| 吻合部縫合不全 | 3人(11.1%) | 2人(11.1%) | 0.18〜5.40 |
Clavien-Dindo分類でGrade I 9人・II 7人・IIIa 3人・IVa 1人・V(死亡)2人。死亡2例のうち介入群1例は敗血症性ショック、対照群1例は出血性ショックによるもの。
むしろせん妄は介入群のほうが数値上多い傾向(25.9%対33.3%、有意差なし)でした。著者らは、運動による疲労やアミノ酸摂取に伴う代謝変化がせん妄に関与した可能性を考察の中で挙げていますが、断定はしていません。血中アミノ酸レベルとせん妄リスクの関連を示した先行研究を引用しつつ、あくまで解釈には慎重さが必要だとしています。
結果② 身体機能の変化――差がついたのは膝伸展筋力だけ
術前2週間の値を100%として、手術直前・退院時の変化率を比較したところ、握力・歩行速度・骨格筋量指数(SMI)はいずれも群間で有意差がありませんでした。特に握力は両群とも術前後でほぼ変化がなく(退院時:対照群96.0%・介入群97.5%、p=0.70)、著者らは「握力はこの種の短期介入の効果を検出する指標としては適切でない可能性がある」と述べています。
身体機能の変化率(術前2週間時点を100%とする)
| 指標 | 時点 | 対照群 | 介入群 | p値 |
|---|---|---|---|---|
| 握力 | 手術直前 | 99.5%±8.9% | 100.1%±19.2% | 0.88 |
| 退院時 | 96.0%±9.0% | 97.5%±14.5% | 0.70 | |
| 膝伸展筋力 | 手術直前 | 100.2%±18.3% | 119.1%±68.8% | 0.19 |
| 退院時 | 86.7%±22.0% | 119.3%±72.0% | 0.044 | |
| 歩行速度 | 手術直前 | 98.1%±25.9% | 115.7%±60.5% | 0.16 |
| 退院時 | 80.0%±22.4% | 92.5%±50.0% | 0.29 | |
| 骨格筋量指数(SMI) | 手術直前 | 99.8%±7.1% | 101.3%±5.1% | 0.45 |
| 退院時 | 91.9%±8.8% | 95.1%±11.4% | 0.34 |
数値は原論文の本文(Section 3.5)から。膝伸展筋力・歩行速度は標準偏差が非常に大きく、個人差が大きいことがうかがえる。
膝伸展筋力だけは対照群が退院時に術前比86.7%まで低下したのに対し、介入群は119.3%とむしろ術前より高い値を保っていました(p=0.044)。研究チームの先行研究(同グループがJAMDA誌 2024年に発表)では、握力より膝伸展筋力のほうが術後の予後との関連が強いことが報告されており、著者らはこの点から「握力ではなく膝伸展筋力で対象者を選ぶほうが、介入が必要な患者をより正確に見分けられるかもしれない」と述べています。
今回の運動プログラムが座位膝伸展・立位大腿挙上・カーフレイズ・スクワットという、いずれも太もも・お尻・ふくらはぎを使う種目で構成されていたことも、膝伸展筋力にだけ差がついた一因と考えられます。著者らは「呼吸機能に関わる筋群を対象にしていないため、呼吸器合併症の抑制にはつながらなかった可能性がある」とも考察しています。
結果③ 1年後の予後――死亡・ADL低下は数値上少ないが有意差なし
術後1年間の追跡では、死亡は対照群14.8%(4人)・介入群5.6%(1人)でした(相対リスク0.38、95%信頼区間0.01〜3.92)。日常生活動作(ADL)の低下または死亡を合わせた指標でも、対照群42.3%・介入群23.5%(相対リスク0.56、95%信頼区間0.08〜1.92)と、数値上は介入群のほうが良好でしたが、いずれも統計的に有意な差ではありません。
著者らは、介入期間の短さ・イベント数の少なさ・有意差がないことを踏まえ、「この差が介入の効果を反映しているとは考えにくい」と自ら慎重な立場を取っています。
この研究が言えないこと
- 統計的な検出力が不足している:当初は術後合併症を50%から20%に減らせると仮定し、必要なサンプルサイズを92人と算出していました。しかしコロナ禍などの影響で募集が難航し、45人(介入群はわずか18人)で打ち切られています。「有意差がなかった」ことは「効果がなかった」ことの証明にはなりません。
- 単施設・大学病院の研究:著者ら自身が「地域の一般病院にそのまま当てはまるとは限らない」と限界に挙げています。選択バイアスの可能性も否定できません。
- Intent-to-treat解析ではない:登録された62人のうち17人(同意撤回・治療方針変更など)を除外した45人だけで解析しています。イベント数が限られていたため、より厳密なintention-to-treat解析・生存解析・多変量解析は行われていません。
- 非盲検(オープンラベル)試験:合併症の判定は独立した医師が行いましたが、患者自身がどちらの群かを知っている点は変わりません。運動を「頑張った」という自己申告的な要素が結果に影響した可能性があります。
- 運動とアミノ酸摂取の効果を切り分けられない:介入は運動とアミノ酸ゼリーの複合パッケージとして実施されており、「筋力を保ったのはどちらの寄与か」を今回の設計から特定することはできません。
- 手術方法に群間の偏りがある:有意差はないものの、腹腔鏡手術は対照群のほうが多く行われていました(74.1%対50.0%)。腹腔鏡手術は一般に開腹手術より合併症が少なく回復が早いとされ、この偏りが対照群にやや有利に働いた可能性を著者ら自身が限界として明記しています。
- 握力の判定基準がやや古い:本研究は男性26kg未満というJ-CHS基準(当時のもの)を用いていますが、2019年改定のアジア・サルコペニアワーキンググループ(AWGS)基準やその後の改訂J-CHS基準では28kg未満が目安とされています。対象者の選び方が最新基準とは異なります。
- せん妄が増えた可能性を否定できない:数値上は介入群でせん妄がやや多く、有意差はないとはいえ、運動や栄養介入が高齢者に一律に安全とは言い切れないことを示唆しています。
実践の視点から
筆者はトレーニング歴約40年の実践者ですが、公的な資格は保有していません。以下は資料を読んだうえでの整理であり、指導ではありません。
この研究で興味深いのは、たった14日間・自体重の筋トレという「ごく短く・ごく軽い」介入でも、退院時点の筋力に差が出たという点です。もちろんサンプルサイズが小さく慎重な解釈が必要ですが、「手術という大きなストレスがかかる直前の短期間に、意図的に脚の筋肉を使っておく」という発想自体は、実践者の感覚としても納得しやすいものです。長期間かけて筋肉を大きくする話とは別に、「目先の身体的なストレスに備えて、直前にできる範囲で筋肉を働かせておく」という考え方には一定の理があるように思います。
一方で、術後合併症そのものが減らなかったという結果は、「筋力を保てば手術の経過も良くなる」という単純な図式が成り立たないことも示しています。呼吸器系の合併症を防ぐには呼吸に関わる筋群への介入が必要であるように、目的に応じて鍛える部位を選ぶ発想が欠かせません。
まとめ
大阪大学老年・総合内科学の研究チーム(責任著者:赤坂憲先生)が行ったこのランダム化比較試験を一次資料で読みました。
- 消化器がんの手術を控えた高齢のフレイル患者45人(対照群27人・介入群18人)を対象に、術前14日間の自宅筋トレ+アミノ酸ゼリーの効果を検証。
- 主要評価項目の術後合併症は有意差なし(51.9%対44.4%)。せん妄はむしろ介入群でやや多い傾向(有意差なし)。
- 握力・歩行速度・骨格筋量には差がなかったが、退院時の膝伸展筋力だけが有意に保たれていた(p=0.044)。
- 1年後のADL低下・死亡は数値上介入群が少なかったが、いずれも有意差はなし。
この研究は「たった14日間の自宅筋トレとアミノ酸補給は、手術の合併症そのものを減らすほどの力はなかったが、退院時の脚の筋力を保つ助けにはなったかもしれない」という、率直で控えめな結論を示しています。当初計画の半分以下という小さなサンプルサイズであることを踏まえ、今後さらに大きな試験での検証が必要な段階の研究として読むのが適切です。
※本記事は公表されている研究情報を、健康情報リテラシーの観点から中立的に紹介するものです。手術を控えている方・体力低下が気になる方は、自己判断で運動やサプリメントを開始せず、担当医にご相談ください。